第281話 閑話:噂話(後)
昼食に招待され、マルクスは出かけた。
アークも同行する。
リルルはもともと勉強会でランスロー家に行く日だ。
昼食はみんな揃って和やかに食事をする。
ランスロー家のメニューは変わったものが多かった。
最初は郷土料理なのだとマルクスは思う。
だがマリアンヌが勝手にアレンジしたものらしい。
ランスローで一般的に食されている料理ではないと知った時には驚いた。
貴族の令嬢が自分で調理することにも戸惑う。
マリアンヌは本当に変わっていた。
生きていくために必要なことは何でも自分で出来るようになりたいと言っていたことを思い出す。
ふっと笑いがこみ上げた。
そんなマルクスをアークが不思議そうに見ている。
マルクスはアークに向かってにこりと笑った。
ランスロー家にはたまに昼食に招待される。
その日もマルクスは呼ばれたことをたいして疑問に思わなかった。
何かあると気づいたのは、食後のお茶をのんびりと楽しんでいる時だ。
子供たちは午後の勉強を始める。
男爵がそれに付き合って移動した。
アルフレットとシエルだけが残る。
2人はそわそわと落ち着かなかった。
何か言いたげな顔をしている。
互いをチラチラと見ていた。
話を切り出すタイミングを図っているらしい。
「何か話でもあるのか?」
マルクスは自分から尋ねた。
アルフレットはほっとした顔をする。
「実は、マルクス様にお聞きしたいことがあるのです」
話を切り出した。
マリアンヌから手紙が届いたことを話す。
「シエルのことが噂になっているから、守って欲しいと書いてあったのですが、肝心の噂については書いてなくて……」
困った顔をした。
「なるほど」
マルクスは相槌を打つ。
アルフレットはさらに話を続けた。
「そこで、父に手紙で尋ねてみたんです。シエルの噂を何か知らないかと。だが、父も教えてくれませんでした。その代わり、マルクス様ならわかるだろうから、知りたければ尋ねろと書いてありました。……マルクス様は何かご存知なのでしょうか?」
尋ねる。
どこか気まずい顔をした。
主にこんなことを聞くのはなんだか心苦しい。
「……」
マルクスは考え込んだ。
噂話には敏い方ではない。
何も聞いていなかった。
「噂は何も知らない」
首を横に振る。
同時に、不思議に思った。
自分が噂話に疎いのは周知の事実だ。
自分なら知っていると手紙に書いてあったことに違和感を覚える。
「そうですか」
アルフレットは目に見えてがっかりした。
マルクスは苦く笑う。
「その手紙、見せてもらっても構わないか?」
問いかけた。
「もちろんです」
アルフレットはセバスに手紙を持ってくるように頼む。
それをマルクスに差し出した。
マルクスは手紙を読む。
知っているのではなく、わかると書いてあることが重要に感じた。
女性をシエルに近づけるなとわざわざ念を押してあることも気になる。
思い当たることが一つだけあった。
「噂は知らないが、心当たりはある」
マルクスは少し困った顔をする。
それは口に出すつもりはなかったことだ。
「教えてください」
アルフレットは頼む。
「……」
マルクスは悩んだ。
自分の心当たりはたぶん当たっているだろう。
マリアンヌたちが手紙に書き記さなかった理由もそれなら納得できる。
万が一にでも、誰かの目に触れるかもしれない可能性を考慮したのだ。
マルクスも出来るなら口に出したくない。
しかし、シエル本人は知っておいた方がきっといい。
「わかった」
マルクスは了承した。
マルクスが口にした話はアルフレットとシエルの予想をまったく裏切っていた。
「生まれ変わり?」
アルフレットは思いもしなかった言葉に首を傾げる。
「そう。シエルは賢王の姿絵にとても良く似ている。その絵を見たことがある人なら、シエルが賢王の生まれ変わりだと信じても不思議ではない」
マルクスは簡潔に話した。
アルフレットも賢王の転生を信じる人たちがいることは知っている。
アルフレット自身はそんな与太話に興味は無いが、信じることは自由だ。
その賢王の転生を待つ者たちの集まりは転生会と名乗っているが、彼らは転生を待つだけで特に害も利も無い。
それゆえ、黙認されていた。
その転生会がシエルを賢王の生まれ変わりだと信じているのではないかとマルクスは予想する。
「そんな姿絵なんて、どこにあるのですか?」
アルフレットは困惑した。
見たことがない。
「王宮の王族しか入れない場所に飾ってある」
マルクスは答えた。
「それなら、普通の人は見ることはないですね」
アルフレットは安堵する。
「いや」
マルクスは首を横に振った。
「そうとは言えない」
アルフレットの言葉を否定する。
「転生会という名前を一度くらいは聞いたことがあるだろう?」
問われて、アルフレットは頷いた。
「その転生会に入ると賢王の小さな姿絵が渡される。私は一度だけそれを見たことがある。王宮に飾ってある賢王の姿絵を模写したものだった。転生会の人間なら、シエルが賢王とそっくりなことに気づくだろう」
マルクスの言葉に、アルフレットは眉をしかめる。
厄介な話なのは考えるまでもなくわかった。
「どうすれば……」
アルフレットは困る。
「おそらく、危険なことはないだろう。ただし、手紙にあった通り、近づいてくる人間には注意した方がいい。あと、女性を近づけないことも大切だ。万が一、シエルに息子が生まれたらもっと厄介なことになるかもしれない」
マルクスはため息をついた。
最悪なパターンを想定する。
「それは……」
マルクスの言葉の意味を性格に理解して、アルフレットは青ざめた。
「シエルに王位継承権を与えろと言い出すと?」
渋い顔をする。
「可能性は否定できない」
マルクスはやれやれという顔をした。
「ちょっと待ってください」
2人の会話にシエルが割って入る。
「生まれ変わりなんてそんな非現実的なことが何で王位継承権の話になるんですか?」
意味がわからなかった。
この辺境の地に転生会の人間はいない。
賢王の転生を信じて待っている人々がいるだけでも、シエルには信じられない話だ。
「転生会が厄介なのは、そのメンバーがほとんど明らかにされていないことだ」
マルクスは呟く。
「そしておそらく、メンバーには重臣たちもいる。その気になれば国を動かすことも不可能ではない」
マルクスの言葉は重く響いた。
この国は国王が統治している。
国王は絶対君主だ。
だが、重臣たちで作る議会も存在し、全てが国王の独断で決められるわけではない。
議会は国王の独裁を抑止するためにそれなりに権力を有していた。
「別に転生会の連中も今の国王の統治に不満があるわけではないだろう。クーデターを起こすとは思えない。そもそも、今の王族も賢王の血を引く子孫だ。まあ、大公家の血を引くシエルもそれは同様なわけだが」
マルクスは苦く笑う。
「シエルに息子がいない間は、少なくとも王位継承権が発生する可能性はない。とりあえず、シエルが独身の間は問題が起こる可能性は低いだろう」
沈んだ空気を和ませるように、明るい口調でそう言った。
心配しなくていいと、励ます。
しかし、シエルは暗い顔をした。
「私にそういうつもりはないのに」
ぼやく。
その気持ちはマルクスもよくわかる。
「こういうのは本人の意思とは関係ないのだよ」
首を横に振った。
「王族のためにも、アルフレットはシエルの身辺には十分に気を配ってくれ」
マルクスは頼む。
「はい」
アルフレットは大きく頷いた。
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