第256話 閑話:息子の恋人




 クリシュナは息子に対して後ろめたい気持ちを持っていた。




 ラインハルトが生まれるまで、クリシュナはフェンディを国王に相応しい人間になるように育てた。


 マルクスに負けるわけにはいかない。


 国王も第一王子のフェンディが王位を継ぐことを期待した。


 しかしラインハルトの誕生でそれが一変する。


 国王になるのはラインハルトでなければならなかった。


 それは国王だけの考えではない。


 クリシュナもそう思っていた。




 だがそれが大人の勝手な都合であることはわかっている。


 昨日まで国王になれと育てた息子に、国王になるのはラインハルトだから、ラインハルトを手助けしてくれるように頼むのはなんとも心苦しかった。


 親の急な心変わりに子供は戸惑うだろう。


 何故、自分ではなくてラインハルトでなければならないのか、フェンディには納得出来ないに違いない。




 だが、フェンディは文句一つ言わなかった。


 もちろん、クリシュナは事情を正直に全て話す。


 子供には難しい話かもしれないと思ったが、包み隠さずに自分が妃になった理由も含めて教えた。


 すべてはラインハルトの母のためであったことを伝える。


 クリシュナの話をフェンディは理解した。


 国王になりたい訳ではないと、胸の内を話す。


 母親の望みだと思ったから頑張っていただけであることをクリシュナは知った。


 胸が熱くなる。


 健気さに感動した。




 しかし、ラインハルトが生まれてもフェンディは楽にはならなかった。


 ラインハルトが正式に王位を継ぐ資格を得るまでは、フェンディも第一王子として王位継承者候補のままであることは変わらない。


 王位を継ぐ資格を持つことを求められた。


 結婚し、王子を儲けなければならなくなる。


 だがその結婚がまた、フェンディに苦労を強いることになった。












 クリシュナは自分に実家の後ろ盾が何もないことで苦労をした。


 第二王妃と揉めたとき、後ろ盾のない心細さをしみじみと感じる。


 同じ苦労をフェンディにさせたくなかった。


 妃には実家の後ろ盾がある令嬢を探す。


 それはフェンディを思ってのことだ。


 だがそれが裏目に出る。


 爵位の高い令嬢は気位も高かった。


 クリシュナの言うことどころか、フェンディの言うことさえ聞かない。


 甘やかされて育った令嬢はわがままだった。


 選びきれなくて、2人娶ることになったことも問題だったのかもしれない。


 妃たちは張り合うようになった。


 義母であるクリシュナが止めても、耳を貸さない。


 もともとの爵位が高い妃たちは爵位が低かったクリシュナを見下しているところがあった。


 クリシュナは自分の妃選びが失敗だったことを悟る。


 だが、後悔しても遅かった。












 そんな妃を律することをフェンディは早々に諦めた。


 どちらの妃とも距離を置く。


 それでも、王子が生まれるまでは関係を持たないわけにはいかなかった。


 そのための結婚だ。


 妃たちもそれはよくわかっている。


 フェンディにとってそれは苦痛の時間だったのだろう。


 どんどん息子が元気を無くすのを傍で見ているのは辛かった。


 だが、子作りなんかしなくていいとも言えない。


 クリシュナは後悔した。


 後ろ盾がなくても、優しく、フェンディと気が合う妃を探すべきだったのだと、気づく。


 だが償う方法もなかった。


 見守ることしか、クリシュナには出来ない。


 フェンディに申し訳ない気持ちで胸はいっぱいだった。












 結婚後、フェンディは暗い顔をすることが多くなった。


 そんなフェンディにクリシュナは掛ける言葉もない。


 しかしいつからか、フェンディは変わった。


 具体的に何がと聞かれても答えられないが、何かあったのがわかる。


 それは良いことのようだ。


 フェンディは元気を取り戻す。


 クリシュナは誰かを見初めたのだと思った。


 夜ごと、出かけているという報告を受ける。


 好きな人が出来たのだろう。




 クリシュナは嬉しかった。


 それがどんな相手であろうと、受け入れるつもりでいる。


 しかし、フェンディが新しい妃を迎える気配は何故か全くなかった。


 クリシュナは訝しく思う。


 だが、好きな人が出来たのかなんて聞けるわけもなかった。












 その内、待望の王子が妃との間に生まれた。


 これで役目を果たしたとばかりに、フェンディは自分の離宮を出る。


 二人の妃に自分の離宮を明け渡した。


 自分は妃たちと暮らすことを止める。


 クリシュナの離宮に戻ってきた。


 妃たちと距離を置くことがいいことなのか悪いことなのかクリシュナにはわからない。


 だがこれ以上、フェンディと妃の関係は悪くなりようがないだろう。


 王子も生まれたので、この後はフェンディが好きなように生きればいいと親としては思っていた。












 意外なことに、離れて暮らすのは正解だった。


 妃同士の無駄な張り合いが減る。


 フェンディの歓心を買う必要がなくなり、妃たちも少し落ち着いた。


 どちらとも関わらないのが一番いいのだというフェンディの考えは間違いではなかったらしい。




 クリシュナは少しほっとした。


 後は、ずっと関係を持っていると思われる誰かとフェンディが結婚すれば一安心だ。


 無事に王子が生まれたので、フェンディはもう誰と結婚しても構わない。


 好きな相手と結婚して幸せになって欲しいと、母として願った。


 フェンディが恋人を連れてくるのをクリシュナは心密かに待つ。


 何も言わないが、フェンディには長く関係を持っている誰かがいるようだ。


 母親の勘が、フェンディに恋人がいることを感じ取っている。


 しかしフェンディが恋人を連れてくることはなかった。


 誰と関係を持っているのかもわからない。


 何でも直ぐに噂になる王宮で、フェンディの恋人のことだけは誰の口からも出なかった。


 フェンディは周到に隠しているらしい。


 その理由がクリシュナはずっとわからなかった。





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