第257話 閑話:息子の恋人2



 ラインハルトとマリアンヌの結婚式から少し経った頃、クリシュナはあるお願いをフェンディにされた。


 フェンディが頼み事をするのは珍しい。


 話を聞くと、離宮に泊めたい人物がいると言われた。




(もしかして……)




 クリシュナは期待する。


 フェンディの口から、誰かを離宮に泊めたいと言われたのは初めてだ。


 とうとう、恋人を紹介してくれるのかもしれない。


 だが、違った。


 相手は今後自分が暮らすローレライの領主だという。


 名前くらいはクリシュナも聞いたことがあった。


 男も女も虜にする魔性の人らしい。


 クリシュナは少しがっかりした。


 だが、断る理由はない。


 承諾した。


 ついでに、どんな人物なのか聞いてみる。


 軽い気持ちで聞いたのに、フェンディは詳しく説明してくれた。


 その表情はとても柔らかい。


 予想外の反応に、内心、戸惑う。


 ローレライの領主・ミカエルと親しいように感じた。


 だが今まで、フェンディからミカエルと親交があるなんていう話は聞いたことがない。


 フェンディはわりと何でも話してくれる息子だ。


 親子の間に隠し事は少ないとクリシュナは思っている。


 親しい友人なら、一度くらいはフェンディの口からその名前が出るはずだ。




 クリシュナは違和感を覚える。


 しかしそれを追求することは憚られた。


 一つの可能性がクリシユナの胸を過ぎる。


 そのことは誰にも言わなかった。












 数日後、ミカエルはやってきた。


 王宮には昼過ぎに着いたので、顔を合わせるのは夕食の時になる。


 クリシュナはそう思っていた。


 だがその前に、紹介したいとフェンディに言われる。


 クリシュナはドキッとする。


 自分の予想が当たっているのではないかと勘ぐった。


 どんな風に紹介されるのか、いろんなパターンを想像する。


 ちゃんと話がしたいから、居間で対面することにした。


 きちんとミカエルと向き合いたい。


 フェンディは了承した。












 約束の時間に少しだけわざとクリシュナは遅れた。


 無駄にどきどきする。


 居間に入ると、さっと立ち上がったミカエルが見えた。


 魔性と呼ばれるのが納得の容姿をしている。


 確かに美しかった。


 どこか憂いを帯びた感じが色っぽい。


 王宮で暮らしていると基本的に美人としか顔を合わせないが、そんなクリシュナでさえちょっと見惚れた。


 フェンディは面食いだったらしい。


 そんなことを考えながら息子を見ると、緊張した顔をしていた。


 それを見たクリシュナも緊張する。


 フェンディが何を言い出すのか、どきどきした。


 不思議な緊張感が部屋の中に満ちる。


 だが、フェンディの紹介はありきたりの無難なものだった。


 自分が世話になるローレライの領主だとミカエルを説明する。


 紹介されたミカエルもただ挨拶した。


 にこやかに微笑む。


 二人の関係を打ち明けてもらえると思っていたクリシュナは少しがっかりした。


 二人の間に何かあるのは見ていればわかる。


 何も言わなくても、二人は通じ合っていた。


 深い信頼が窺える。


 だが、それを公に口に出来ないのも理解できた。


 クリシュナは何も気づかなかったふりをすることに決めた。












 ミカエルはわかりやすく緊張していた。


 表情が強張っている。


 恋人の母親に会っているのだとしたら、それも当然かもしれない。


 そんなミカエルの緊張を解こうと、クリシュナは答えやすそうな質問をいろいろとした。


 ローレライのことやミカエルのことを聞く。


 少しずつ、ミカエルの人柄が見えてきた。


 魔性と呼ばれているが、見た目はともかく中身はそうではない。


 どちらかと言えば、純朴な田舎貴族という感じがした。


 フェンディはそんなところにも惹かれたのかもしれない。


 二人の妃とは何もかもが違った。


 ミカエルの側なら、フェンディは落ち着けるのかもしれない。












 話の流れで、ミカエルは当主の座を年の離れた弟に譲るつもりであることをクリシュナは知った。


 ミカエルは生涯、独身を通すつもりでいるらしい。


 それがフェンディのためであるのは聞かなくてもわかった。


 クリシュナはもう、二人がそういう関係であることを確信している。


 そして自分の息子のためにミカエルの人生を狂わせてしまったことを申し訳なく思った。


 本来であれば、もっと満ち足りた人生をミカエルは送れただろう。


 それを公に出来ない関係を結んだフェンディが狂わせた。


 謝ることが出来るなら、謝りたい。


 だが、恋人だと紹介されていないのでそれも出来なかった。


 フェンディのことをよろしく頼むと、頭を下げるしか出来ない。


 クリシュナは二重の意味を込めて、頼んだ。


 ローレライの領主として便宜を図って欲しいとも、恋人としてフェンディを支えて欲しいとも、どちらとも取れる言い方をわざと選ぶ。


 ミカエルには末永くフェンディの側にいて欲しかった。


 そんなクリシュナの気持ちが伝わったのか、ミカエルは少し戸惑った顔をする。


 クリシュナが自分たちの関係に気づいていることを察したようだ。


 そんなミカエルに向かって、クリシュナは微笑む。


 ミカエルもただほほえみ返した。


















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