第255話 閑話:対面3




 マリアンヌに煽られる前から、ミカエルはクリシュナに初めて会うことを意識していた。


 クリシュナにとっては、ミカエルは貴族の一人にしか過ぎない。


 息子がこれからお世話になる領地の人間という意識はあるかもしれないが、それだけだろう。


 だがミカエルにとっては、恋人の家族に会うのだ。


 緊張しないわけがない。


 その気持ちは煽られてさらに高まっていた。




 マリアンヌは完全に楽しんでいる。


 そういう、普通に女性的なところもマリアンヌにはあった。


 だがたいていの場合、マリアンヌの行動は変わっている。


 普通の貴族の女性ならやらないことを当たり前の顔でやった。


 本人は自分が変わっていることをそこまで意識していない。


 美味しいものを食べるために頑張った結果がたまたまこうなったと言い訳されるが、そのたまたまがミカエルの人生には大きな影響を与えていた。


 マリアンヌが米に関心を寄せなければ、フェンディがローレライで暮らす未来なんてありえなかっただろう。


 米の件がなければ、堂々とフェンディと交流を持つことも出来なかったに違いない。


 マリアンヌが来たことで、いろんなことが変わりつつあった。


 それは王宮の中も同じだ。


 今後は王妃たちも公の場で王族としての仕事をすることになったと聞いている。


 今まで、王家の女性は単独で公の場に出ることはなかった。


 大きな変化に周りは戸惑っている。


 それはミカエルの耳にも入っていた。


 心配なことが無いわけではないが、マリアンヌなら何とかするとミカエルは思っている。


 マリアンヌはそういう不思議な人だ。




 そんなこの場には居ないマリアンヌのことをつらつらとミカエルは考える。


 気を紛らわせていた。


 ミカエルは先ほどから、第一王妃の離宮の居間でクリシュナが来るのを待っている。


 夕食の前に、フェンディはミカエルを母に紹介しようとした。


 こちらから挨拶に伺うつもりでいたら、居間で待つようにと言われる。


 クリシュナの方から足を運んでくれるらしい。


 フェンディと2人、ミカエルはソファに腰掛けて待っていた。


 なんとなく話しづらい空気があって、ミカエルはずっと黙っている。


 フェンディも何も言わなかった。


 横顔が少し緊張しているように見える。




「……」




 ミカエルは不安を覚えた。




「余計なことは言わないでくださいね」




 フェンディに釘を刺す。




「わかっている」




 フェンディは頷いた。


 だがそれはなんとも心許ない感じがする。


 だがミカエルが何か言う前に、トントントンとドアがノックされた。


 こちらの返事も待たずに扉が開く。


 ノックは開ける前のお知らせだったらしい。


 クリシュナが入ってくるのを見て、ミカエルはすっと立ち上がった。


 フェンディも隣で立つ。




「母上。わざわざ来てもらってすいません」




 挨拶した。




「こちらはローレライの領主、ミカエルです。今後、私が一年の半分以上を生活するのはローレライ領内になります」




 事実を説明する。


 淡々とした口調はどこか素っ気なかった。


 だが、フェンディは母親と良好な関係を築いているはずだ。


 とても他人行儀な感じがミカエルは気になる。


 だがそれをミカエルは顔に出さなかった。


 いつもどおり、平静を装う。




「ミカエルです。以後、お見知りおきください」




 自分も挨拶した。




「貴方がミカエルね。話はいろいろ聞いています」




 クリシュナはそんなことを言う。


 いろいろ話しているなんて、ミカエルは聞いていなかった。


 内心、焦る。


 何を聞いているかなんて確認できるわけもないから、不安になった。


 ちらりとフェンディを見る。


 フェンディは視線に気づいているはずなのに、こちらを見なかった。


 わざとだろう。




「……」




 ミカエルはなんて返事をするのが正解なのか、わからなくなった。


 黙ってしまう。




「立ち話もなんですわね。お座りになって」




 クリシュナに着席を勧められた。




「はい」




 ミカエルは素直に座る。


 それからは世間話のようなものが続いた。


 ローレライがどんなところなのか、いろいろ聞かれる。


 息子が暮らす土地が気になるようだ。


 ミカエルは聞かれるまま、話す。


 それは居心地の悪い時間ではなかった。


 クリシュナは優しい人で、緊張している自分のために答えやすい質問をいろいろ投げかけてくれているのだと、ミカエルは途中で気づく。


 胸の奥がほわんと暖かくなった。


 同時に、そんな優しい人に本当のことは言えないのを申し訳なく思う。




「あの……。クリシュナ様はフェンディ様が長い間王宮を離れてしまうことを、どう思われているのですか?」




 聞いても意味がないことはわかっているのに、聞かずにはいられなかった。


 どう思っていようと、国王が決めた決定事項は覆らない。


 だがどうしても、ミカエルはクリシュナがどんな思いで息子を送り出すのか知りたかった。




「わたしは……」




 クリシュナはフェンディを見る。




「息子が幸せなら、それでいいわ」




 ふっと笑った。




「わたしは息子に王子として、無理ばかりを強いてきました。でももう、王子として頑張る必要はなくなるでしょう。これからはフェンディが好きなように生きていいのです」




 真っ直ぐ息子を見つめる。




「母上……」




 それはフェンディにとっても予想外の言葉だったようだ。


 驚いている。




「息子のこと、よろしくね」




 クリシュナはミカエルに向かって、微笑んだ。


 それは領内で便宜を図ってくれという意味だろう。


 それ以上の意味はないに違いない。


 だがミカエルには別の意味に聞こえた。




「はい」




 ミカエルは頷く。




「私に出来る精一杯のことをさせていただきます」




 約束した。


 そんなミカエルにクリシュナは満足な顔をする。




「ありがとう」




 礼を言った。




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