第254話 閑話:対面2




 最初にフェンディとそういう関係を持った時、ミカエルはそれをただの気まぐれだと思った。


 貴族は一時の感情で関係を持つのは珍しくない。


 基本的に爛れていた。


 一夜限りの関係なんて、珍しくない。


 まして相手は王子様だ。


 自分に本気になることなんてないと思っていた。


 長い付き合いになるなんて考えることもなく、関係を持つ。


 だが、離れがたくなってしまった。


 フェンディはミカエルに執着する。


 ミカエルも愛してくれるフェンディを嫌いになれなかった。


 ずるずると関係は続く。


 誰にも内緒で、人前では口を聞くこともほとんどなかった。




 気づけば、長い付き合いになっていた。


 今ではもう別れることなど考えられない。


 だがそんな気持ちになればなるほど、ミカエルは心苦しくなる。


 自分がフェンディの愛情を独占している自覚があった。


 だが、フェンディには家族がいる。


 王子として、後継ぎの息子を作るのはある意味使命だった。


 そのためにフェンディも結婚し、妃を持つ。


 ミカエルがフェンディと知り合った時にはすでに、フェンディは妻帯者だ。


 だがあと一人、王子であるフェンディは妻を持つことが出来る。


 そんなフェンディに周りはむしろ恋愛を勧めた。


 なかなか王子が生まれないことにやきもきする。


 気に入った令嬢がいたら3人目の妃として娶ったらどうだと勧めていた。




 夜な夜な、フェンディはパーティを渡り歩く。


 だが目的は新しい妃を探すことではなかった。


 2人の妃から逃げたいだけだ。


 その頃にはもう、フェンディは結婚したことを後悔していた。


 何かにつけて張り合う妃たちに辟易している。


 新しい妃なんてとんでもなかった。


 これ以上、面倒ごとを増やすつもりはない。




 そんな時、ミカエルと出会った。


 初めて恋に落ちる。


 フェンディはミカエルを大切にした。


 関係を徹底的に隠す。


 それは自分のためでなく、ミカエルのためだ。


 ミカエルに危険が及ぶことなどないよう、細心の注意を払う。


 ミカエルも関係を隠すことに不満はなかった。


 自分のことは秘密のままでいい。


 フェンディの家庭を壊すつもりは無かった。


 妃たちと上手くいっていないとしても、子供たちはフェンディの子だ。


 子供のために、家庭は円満であるべきだ。


 例え、夫婦は円満でなかったとしても。


 フェンディもなんだかんだいって、今の生活を変えるつもりは無いのだとミカエルは安心していた。




 しかし、第三王子の結婚で状況が変わる。


 第三王子に男の子が生まれたら、フェンディが国王を継ぐ可能性はずっと低くなる。


 そうなることを誰より一番望んでいるのはフェンディ自身だ。


 王位を継ぐ可能性がなくなれば、我慢して続けていた結婚を維持する必要がなくなると言い出す。


 ミカエルはびっくりした。


 フェンディが自分と暮らすことを望んでいたなんて、考えたこともなかった。


 気持ちは嬉しいが、困る。




 ミカエルにも幸せになりたい気持ちはあった。


 フェンディと暮らしたくないと言ったら、嘘になる。


 だが、そのために誰かが泣くのは嫌だ。


 妃との間には愛情は初めからなかったとフェンディは言う。


 それは嘘ではないのだろう。


 貴族の結婚はほぼ打算だ。


 愛しているから結婚するなんていう貴族は一握りもいないだろう。


 妃たちがフェンディと結婚したのも打算だ。


 だが、一緒に暮らせば情だって湧く。


 別れに痛みを伴わないはずがなかった。


 子供たちだって、傷つくかもしれない。


 ミカエルには王族のことはよくわからないが、両親が離婚することを望む子供はあまりいないだろう。


 出来るなら、ミカエルはフェンディに離婚して欲しくない。


 自分は今のままで良かった。


 だがそれをどう伝えればいいのかわからない。


 言い方を間違えたら、ややこしいことになると思った。




 しかし、それを口に出す前に状況が変わる。


 マリアンヌの思いつきで、事態が動いた。


 ローレライで、フェンディは一年の半分ほどを暮らすことになる。


 ミカエルはそれをチャンスと捉えた。


 離婚しなくても一緒に暮らせるのだから、離婚する必要は無いだろうとフェンディに訴える。


 自分のために、フェンディが離婚するのは嬉しくないことを伝えた。


 フェンディは黙って、ミカエルの話を聞く。


 しばらく考え込んだ。


 そして、ミカエルと暮らすことが出来るなら離婚には拘らないと納得する。


 ミカエルは内心、ほっとした。


 マリアンヌの思いつきのおかげだろう。


 心密かに、感謝した。












 フェンディの住む屋敷を手配するために、ミカエルは一度、領地に戻った。


 手配を終えて、王都に戻る。


 米の件でいろいろ打ち合わせなければいけなかった。


 だが、それほど長く滞在することにはならないだろう。


 フェンディは新居の準備が出来次第、ローレライに向かうつもりのようだ。


 短期ならと、宿を取ろうとする。


 だが、フェンディに部屋を用意したので真っ直ぐ王宮に来るように言われた。


 ミカエルは少し、嫌な予感を覚える。


 フェンディが何かを企んでいる気がした。


 根拠は何もない。


 ただ、そう感じた。


 そしてその予感は当たる。


 フェンディはミカエルを母や妹に紹介するつもりでいた。


 そのことを、部屋に入ってから説明される。




「本気ですか?」




 ミカエルは困惑した。


 フェンディに問う。




「本気だ」




 フェンディは頷いた。




「もちろん、恋人とは紹介出来ない。ミカエルは私との関係は隠したいのだろう?」




 フェンディは意味深に問う。




「隠したいのではありません。お妃様たちの耳に入れる必要を感じないだけです」




 ミカエルは首を横に振った。




「私にとっては同じことだ」




 フェンディはため息を吐く。




「ミカエルが望まないのに、恋人と紹介するつもりはない。これから、ローレライで世話になる相手として紹介するつもりだ。それなら文句はないだろう?」




 ミカエルに問う。




「ありません」




 ミカエルは頷いた。


 だが、気が重いことには変わりない。


 フェンディの母に紹介される日が来るなんて、ミカエルは考えたこともなかった。










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