第253話 閑話:対面
ミカエルは慌しい毎日を送っていた。
フェンディがローレライに住むことになり、屋敷の手配を頼まれる。
さっそく、地元に戻った。
最初は自分の家にと考える。
だが実家には弟がいた。
弟の前でフェンディと一緒に暮らすのは難しい。
何より、ミカエルは最終的に弟に爵位を譲り、家を出る予定だ。
母屋で一緒に暮らすのはあとあと支障が出るだろう。
そこで、長い間使われていなかった離れを修理して使うことにした。
ローレライ家は裕福ではないが、敷地だけは無駄に広い。
母屋の他に結構な広さの離れがあった。
しかしそこはもう使われていない。
住むには修繕が必要だ。
そのための費用は貰っている。
修理の手配をした。
急ピッチで仕上げるよう、頼む。
家具も必要なものを揃えた。
もちろん、王宮並みのものは手配出来ない。
それでも王族が使うものなので厳選した。
それらの準備に数日かかる。
急いで取りかかったが、大変だった。
だがフェンディと一緒に暮らす準備をしていると思うと、その苦労さえもミカエルには楽しい。
誰に気兼ねすることなく、フェンディと共にいられるのは嬉しかった。
屋敷に関するあれこれがあらかた終わると、ミカエルは王都に戻った。
ローレライの領主として、打ち合わせに参加しなければならない。
米を特産としているのはローレライだけだ。
米の商品価値を上げるための話し合いに、参加しないわけにはいかない。
王都に着くと直ぐ、その日の打ち合わせに参加した。
まだ参加人数は少ない。
フェンディの執務室に集まったのは、本人とマリアンヌとミカエルの三人だけだ。
久しぶりに見たマリアンヌは気持ち、お腹が大きくなった気がする。
だが悪阻はだいぶ落ち着いたようだ。
元気そうに見える。
マリアンヌはとても不思議な女性だ。
普通の貴族の令嬢とは明らかに違う。
頭の回転が速く、行動力があった。
誰も考えないことを思いつき、それを実現するパワーを持っている。
だがそんなマリアンヌにとっても、東側地域の発展は簡単な問題ではないようだ。
難しい顔をして唸っている。
いろいろ難しい問題に直面しているようだ。
馬車で三日もかかる距離がネックだと苦く笑う。
輸送手段で悩んでいるようだ。
その気持ちはミカエルもよく分かる。
ローレライから王都に商品を運ぶなんて、無謀だ。
商品より輸送コストの方がずっと高くなる。
そういう問題もあって、王都から離れれば離れるほど商業的発展は難しかった。
長い間、東側地域が貧しいのにはそれなりに理由がある。
それは簡単に解決できる問題ではなかった。
結局、話し合いはあまり進まずに終わった。
次回に持ち越される。
疲れたところに、さっとお茶が出てきた。
それを飲みつつ、一息つく。
まったりとした空気の中で、マリアンヌに話しかけられた。
今回はどこに滞在するのか、聞かれる。
マリアンヌのところには結婚式の料理の件でしばらく滞在させてもらったことがあった。
今回も困っていたら泊めてくれるつもりなのだろう。
マリアンヌは面倒見がいい。
いつも誰かしらの心配をしている気がした。
そんなマリアンヌのことをミカエルは嫌いにはなれない。
心配してもらえるのも嬉しかった。
だから正直に話す。
今回はフェンディから自分のところに泊るように言われていた。
この場合の自分のところは、2人の妃たちがいる自分の離宮のことではない。
フェンディはとっくに自分の離宮を出ていた。
今は母親である第一王妃の離宮に住んでいる。
もともとそこにはフェンディの部屋があった。
そこに戻ったらしい。
離宮には部屋がたくさんあった。
妹たちもいる。
同母の妹たちにはフェンディは良い兄のようだ。
正直、フェンディの家族がいる離宮に滞在するのは気まずい。
二人の妃と顔を合わせることにならないのは救いだが、ミカエルは自分の立場に後ろめたい気持ちを持っていた。
フェンディは王族なので、三人まで妻を持てる。
3人目の妃はミカエルだと、フェンディはよく口にした。
実際、ミカエルが女性だったら、フェンディは本当に3人目の妃としてミカエルを娶っただろう。
だがミカエルは妃にはなれない。
愛人とさえ、呼びにくい立場だ。
そんな自分がどんな顔をしてフェンディの家族に会えばいいのかわからない。
だが、フェンディは母や妹たちを紹介したいようだ。
長い期間ではないのだから、客間に滞在すればいいと強引に話を決めてしまう。
ミカエルはそれに従うしかなかった。
フェンディのところに滞在するのだと教えると、フェンディがどこに住んでいるのか確認された。
王宮のどこかにいるのは知っているが、どこで暮らしているのかマリアンヌは知らなかったらしい。
それがとてもマリアンヌらしい気がして、ミカエルはちょっと面白かった。
普通は、そういうのは調べて確認しておく。
調べたりしないのは、そんなことはどうでもいいと思っているからだろう。
マリアンヌにとって、それは些細なことなのだ。
「では、クリシュナ様と一緒にお食事をされるのですね」
マリアンヌは意味深な顔をする。
何が言いたいのかはミカエルにもわかる。
ミカエルも気まずく思っていた。
向こうはそう思っていなくても、ミカエルにとってクリシュナは姑だ。
緊張するし、気が重い。
「頑張ってください」
マリアンヌは応援してくれた。
その顔はどこか嬉しそうに見える。
楽しんでいた。
「何故、そんなに嬉しそうなのですか?」
ミカエルは問う。
「嬉しそうな顔、していますか?」
マリアンヌは驚いた顔をした。
自覚がなかったらしい。
「にやにやしています」
ミカエルは頷いた。
「ごめんなさい」
困った顔でマリアンヌは謝る。
「ミカエル様が姑と初めて対面するのにちょっとワクワクしちゃって」
正直に話した。
ここで本音を打ち明けるのが、マリアンヌがマリアンヌである所以だろう。
正直過ぎて、ミカエルは文句も言えない。
「明日、どんなだったか教えてください」
マリアンヌに頼まれた。
それを当事者本人に言うのが凄いなと、ミカエルはある意味、感心する。
「マリアンヌ様が期待されるようなことは何も起こりませんよ」
否定した。
ただの居候が主人たちと一緒に食事をするに過ぎない。
「それでもいいので、教えてください」
マリアンヌは食い下がった。
「……」
ミカエルは困る。
「わかりました」
とりあえず、引き受けた。
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