第252話 閑話:王族の子供3




 ランスローでの暮らしは王宮と何もかもが違った。


 王宮には常にたくさんの人がいたが、ここにはアークしかいない。


 世話をしてくれるのはアークだけだ。


 不便でないと言えば、嘘になる。


 実際、手は足りていなかった。


 だが、人の目を気にしないでいい暮らしはとても気楽なことをリルルは知る。


 アークは掃除も洗濯も料理も全て一人でしていた。


 当然、暇ではない。


 朝は起こしてくれるが、着替えはあまり手伝ってくれなかった。


 服だけ用意して置いてある。


 自分で着るように言われた時には最初、リルルは驚いた。


 今まで、自分で服を着たことは一度もない。


 それをアークに伝えると、アークはボタンの留め方だけ教えてくれた。


 リルルは服を着ることにチャレンジする。


 アークはそれを見守ってくれた。


 服を着るのはそれほど難しいことではない。


 やれば、出来た。


 今まで何もかも人にしてもらってきたが、自分にも出来ることもあるらしい。


 それはリルルにとって新しい発見だ。


 リルルは自分に何が出来るのか、試してみたくなる。


 とりあえず、アークのすることを真似ることにした。


 アークの後をついて回る。


 何をするのか見ていた。


 アークはよく働く。


 一日の大半は何かしらしていた。


 そして何でも出来る。


 そんなアークをリルルは尊敬した。


 凄いと思う。


 自分もあんな風になりたかった。




 その上、アークは望めば何でもリルルにやらせてくれる。


 今までは、あれもこれも駄目だと止められた。


 リルルは自分で何かをすることを許されたことはほとんどない。


 だがアークは父に許可を取り、やらせてくれた。


 そんなアークのことをリルルが好きにならないわけがない。


 あっという間に、リルルはアークに懐いた。












「リルルはアークのことが大好きだね」




 ランスローに来て一週間ほど経った頃、父にそんなことを言われた。




「はい」




 リルルは素直に認める。


 アークのことは大好きだ。


 しかしそれを聞いた父はショックな顔をする。




「父様とアーク、どちらが好きかい?」




 聞いても意味のないことを聞かれた。


 父は家族で、アークは使用人だ。


 そもそもカテゴリーが違う。


 比べるなんて出来なかった。


 しかし、それを正直に答えたら、それはそれで父は傷ついた顔をするだろう。


 リルルはまだ子供だが、ずっと王宮で暮らしてきた。


 空気を読むのは得意だ。


 自分がどう答えるのか正解なのか、わかっている。




「父様です」




 にこやかに答えた。




「……」




 だが父はなんとも複雑な顔をする。


 喜んでくれると思ったのに、喜ばなかった。




「リルルは思ったことを言って構わないのだよ」




 そんなことを言われる。


 悲しげな顔をした。


 自分の口にした答えが、真実ではないことがバレていることをリルルは知る。




「え?」




 戸惑った。




「私には気を遣ったりしなくていいんだ」




 父の手がリルルの頭を優しく撫でる。


 その手は温かかった。




「父様……」




 リルルは戸惑う。


 少し前から、父は変わった。


 スキンシップが増える。


 今までも、自分のことをいろいろと気にしてくれているのはリルルも感じていた。


 大切にされていることを疑ったことはないが、最近はそれを言葉や態度で父は示そうとしている。


 よく頭を撫でてくれた。


 そんな父のことをリルルは本当に好きだと思っている。




「父様が一番です」




 父に伝えた。


 気持ちが伝わればいいと、じっと見つめる。


 ふっと父は笑った。




「ありがとう」




 礼を言われる。


 それだけで、リルルは嬉しくなった。


 にこっと笑ったら、ぎゅっと抱きしめられる。




「私もリルルが一番好きだよ」




 その言葉に、リルルはちょっと涙が出そうになった。


 ランスローに来て良かったと心から思う。


 父とそんな話をする時間さえ、今まではなかった。










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