第251話 閑話:王族の子供2
ランスローに引っ越すことが決まっても、それは直ぐの話ではなかった。
当然、準備に時間がかかる。
その間に一度だけ、リルルはマリアンヌに会った。
その時はもう彼女は父の弟の婚約者ではない。
ラインハルトと一緒に離宮で暮らしていた。
式はまだだが、結婚している。
妃となっていた。
昼食に招かれた父に、2人が暮らす離宮に連れて行かれる。
それまで散々、リルルはマリアンヌの噂を聞いていた。
圧倒的に悪い噂が多い。
策略家で油断ならない相手だと評判だった。
父を陥れたような話も聞いていたが、何故か父はマリアンヌと仲が良いようだ。
それをリルルは不思議に思う。
正直、リルルはマリアンヌに会いたくなかった。
噂通りの人物なら、関わりになりたくない。
だが、父にはそれを言えなかった。
いい子に徹してきたリルルは否が言えない。
どうにか断れないか考えている間に時間になり、連れて行かれた。
マリアンヌを紹介される。
初めて会ったマリアンヌは噂で聞いたイメージからは遠かった。
地味でどこにでもいそうな普通の人に見える。
策略をめぐらすような感じはしなかった。
どこかのほほんとしている。
だが、父の弟であるラインハルトが惚れるような要素も見当たらなかった。
美人ではない。
華やかさもない。
王宮の侍女たちの方がよほど美人だ。
王宮の侍女たちは見目がいい女性が多い。
王宮で暮らしていると、顔を合わせる女性はほとんどの場合が美人だ。
派手な人も多い。
それはそれでリルルは苦手だが、こんなに地味な女性も珍しかった。
リルルはますます警戒する。
マリアンヌのどこにラインハルトが惚れたのかわからなかった。
何か裏があるのではないかと疑う。
さっと父の陰に隠れた。
だが、父はマリアンヌにリルルを紹介したがる。
父に言われて、渋々挨拶した。
少し距離を取りつつ、リルルはマリアンヌを観察することにする。
どうやら噂とは違う感じだと気づいた頃、予想外の出来事が起こった。
その昼食会は最初から奇妙だった。
庭に布を敷いて、その上に座る。
そんな場所で食事を取るのは初めてだ。
戸惑っているのは自分だけではない。
みんな困惑していた。
そこには滅多に顔を合わせない、父の兄もいる。
父の兄弟が3人揃っているのをリルルは初めて見た。
公の場以外では揃うことはない。
料理も見慣れないものばかり出てきた。
米というものを初めて食べる。
何もかもに戸惑っていると、さらに驚くことが起こった。
国王である祖父が現れる。
誰もが戸惑った顔をした。
ホストであるラインハルトもマリアンヌも知らなかったらしい。
リルルにとっては父も遠い人だが、祖父はもっと遠い人だ。
滅多に顔を合わせることもない。
それはリルルにとってだけではない。
その場にいる誰もが、国王が来たことに緊張した。
リルルもマリアンヌのことを観察するどころではなくなる。
結局、マリアンヌのことはよくわからないまま終わった。
それからはマリアンヌと会う機会はなかった。
マリアンヌのことはよくわからないまま、ランスローに旅立つ。
リルルは初めて王宮を出た。
馬車の窓から外を眺める。
見たことがない景色が広がっていた。
王都の中さえ初めて見た。
さらに郊外に出て、驚く。
見渡す限り畑が広がっていた。
周りから見ればわからなかっただろうが、リルルは興奮する。
馬車の中は父と二人きりだ。
父の側近であるアルフレットは自分の子供たちと馬車に乗っている。
アルフレットの2人の息子をリルルは紹介された。
だが同じ位の年頃の子供なんて、顔を合わせたのは初めてだ。
どうすればいいのかわからない。
結局、一言も言葉を交わせなかった。
向こうも戸惑った顔をしている。
ただただ、気まずかった。
同じ馬車で移動することにならなくて、正直、ほっとする。
父と一日中、ずっと一緒にいることだけでもリルルは緊張していた。
何を話したらいいのかもわからない。
そんなことをぐるぐる考えていたら、身体が熱くなってきた。
熱が出る。
宿で寝込んだ。
自分でもこんなことで熱が出るなんて思っていないから、びっくりする。
身体が熱くて、何も考えられなくなった。
いつの間にか寝てしまう。
目が覚めたのは夜中だった。
父が側についていてくれて、びっくりする。
今まで、体調を崩した時に父が側にいてくれたことなんてなかった。
いろんなことが少しずつ変わってきたことをリルルは実感した。
その後、リルルも熱を出すことはなかった。
馬車の旅にも慣れる。
ランスローに無事に到着した。
馬車で旅する間に、少し父とも話が出来るようになる。
ずっと一緒にいるから、慣れてきた。
あまり緊張しなくなる。
ランスローで暮らす不安が、一つ減った。
やっていける自信が少しだけ持てる。
だがランスローでは予想外の出来事が待っていた。
新しく住む家の前でリルルは父と共に馬車を降りる。
父から今日から暮らす家だと目の前の小屋を指し示されて驚いた。
旅の間に、リルルは自分たちが暮らしていた王宮が特殊であることは悟る。
ああいう建物は普通ではない。
宿屋はもっと質素でこじんまりとしていた。
どの宿屋もそんな感じなので、これが普通なのだと知る。
馬車の窓から外を眺めていたので、普通の基準もだいたいわかってきた。
だが今まで泊まったどの宿屋より、目の前の家は小さい。
小屋にしか見えなかった。
だがそんな建物を父は満足な顔で見ている。
予定通りのようだ。
リルルはぽかんとする。
開いた口が塞がらないというのはこういうことだと、身を持って実感した。
質素な暮らしになると父は言っていたが、ここまでとは思わなかった。
そこに使用人だというアークがやってくる。
一緒に暮らすのは彼だけで、他に使用人はいないらしい。
たくさんの人に囲まれて暮らしていたリルルにはそれがどんな生活になるのか、想像も出来なかった。
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