第250話 閑話:王族の子供





 リルルは自分が王族であることをよくわかっていなかった。


 生まれた時から、周囲には大人しかいない。


 大人達は皆過保護で、自分を大切にしてくれた。


 自分はどうやら他人とは何か違うらしいと気づく。




 周囲の大人はリルルが何を言っても叶えてくれた。


 それが逆にリルルには怖い。


 何故自分が特別なのか、意味がわからなかった。


 その内、教育係りがついて厳しく律せられるようになる。


 そこで初めて、リルルは自分が王族であることを知った。


 王子である父は次の国王になる可能性があるらしい。


 そのため、その息子である自分は大切にされているのだと理解した。


 何が正しくて何が間違っているのか、教えてくれる人がいるのは助かる。




 物心ついた時には、リルルに母はいなかった。


 父と母の関係はとっくに終わっていて、王族の血を引くリルルは王宮に残される。


 リルルにとっては母という存在は初めからいないのが当たり前だ。


 寂しいとも思わない。


 周りと比べようもなかった。


 比べる相手がそもそもいない。


 食事の時間にだけ顔を合わせる父がリルルにとっては唯一の家族だ。


 そのことに特に不満はない。




 だが、王宮というのは特殊な場所だ。


 王族であるリルルは幼くても父と共に公の場に連れ出されることが多い。


 たくさんの人に会うのが日常だ。


 みんなにこにこと笑っている。


 だがそんな人が裏で陰口を叩いていたりした。


 それを知るたびに、人間というものがリルルは怖くなる。


 目に見えるものだけを信じてはいけないのだと知った。


 リルルは臆病になる。


 他人を警戒するようにもなった。


 余計なことを言わないよう、口も閉ざす。


 それはリルルなりの自衛手段だ。


 近づかなければ、傷つくこともない。


 そんな自分に父は困った顔をした。


 だが何も言わない。


 ただ人前に連れて行かれることはめっきりと減った。


 それは父なりの気遣いなのかもしれない。


 そのことにリルルは内心、ほっとしていた。


 知らない人には会いたくない。


 人が多い場所は気が重かった。


 出来るなら、父の離宮にずっと引きこもっていたい。


 父はそんなリルルを黙認した。


 ぬるま湯の中につかっているような毎日が続く。


 リルルは今の生活が変わることなんて無いと思っていた。












 リルルの父もまた、物静かで口数の少ない人だった。


 そういう意味では自分は父に似たのだと、リルルは思う。


 どちらかといえばやる気が無い、何にも関わらずにやり過ごそうとする人だ。


 自分から積極的に行動を起こすことは滅多にない。


 そんな父がある日突然、王宮を離れて地方に出かけてしまった。


 それは簡単に行ったり来たり出来る場所ではない。


 一~二週間は帰ってこないことを伝えられた。


 そんなことは初めてで、リルルは驚く。


 リルルは離宮に一人、残された。


 その間にいろんな噂を聞く。


 どうやら、父が王宮を離れたのはある女性のせいらしい。




 父には弟がいる。


 その弟は最近婚約した。


 相手は地方の男爵令嬢らしい。


 父はその女性の田舎に自分の弟と一緒に向かったそうだ。


 何故、弟の婚約者の田舎に父が行ったのかはよくわからない。


 父らしくない行動だ。


 その理由についてもいろいろ噂を聞く。


 だがとの噂も想像の域を出ていなかった。


 リルルが困惑する。


 何かが起こっているのに、何が起こっているのか、子供のリルルにはわからない。


 聞いても、誰も教えてくれなかった。


 どうやら、本当のことは誰も知らないらしい。


 そのうち、父は戻ってきた。


 だが、それはさらにリルルが困惑する事態の始まりであった。












 地方から戻ってきた父は王宮を出ると言い出した。




「リルル。ランスローで一緒に住もう」




 そんなことを言い出す。


 ランスローというのは、父の弟の婚約者の田舎だ。


 何故そこに自分と父が住むのか、リルルにはわからない。


 突然、そんなことを言われても困った。


 だがそれ以上に、リルルには驚いたことがある。


 今まで、父はリルルに意見を求めたことはなかった。


 父から告げられるのは決定事項で、リルルに選択肢はない。


 だが今回は違った。


 王宮に残るか、ランスローに行くか、リルルが自分で選んでいいと言われる。


 そう告げた上で、父は自分に共にランスローに行くことを望んだ。


 そんな父にリルルは困惑する。


 今までの父とはどこか違う。


 だが、具体的にどう違うのかはよくわからなかった。




「ランスローに行って、何をするの?」




 リルルは思い切って、尋ねる。


 いつもはそんな質問なんてしない。


 父は優しい。


 愛されていることをリルルはちゃんと理解していた。


 だが、いつも遠い。


 父と自分の間には、目に見えない壁がある。


 その壁のせいで、手を伸ばしても届かない。


 正確には、届かない気がするからリルルは手を伸ばせなかった。


 普通の親子の距離感なんて、リルルにはわからない。


 だが、自分と父の関係が普通ではないことはなんとなく察せられた。


 周りの反応を見ていると、わかる。


 乳母はいつもリルルを可哀想だと哀れんだ。


 母から引き離され、父にも構われないと嘆く。


 だが乳母が言うほど、たぶん、自分は不幸ではない。


 少なくとも、リルルはそう思っていた。




「二人でのんびりと暮らそう」




 父はただ、そう言う。


 父の言うのんびりがどういう意味なのか、リルルにはわからない。


 だがそう言った父の顔はとても穏やかで幸せそうだ。


 そんな顔、見たことがない。


 父がそんな顔をするなら、悪くないとリルルは思った。




「いいよ」




 リルルは頷く。


 OKすると、父はとても嬉しそうに笑った。






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