第249話 閑話:父と子3



 ランスローでの毎日は思ったより順調だった。


 使用人を一人だけにするのはマルクスとしても思い切った選択だ。


 たくさんの人に囲まれて育ったのは、マルクスも変わらない。


 だが、アーク以外を家に入れたくなかった。


 多少の不便は我慢しようと決める。


 だが、覚悟は不要だった。


 案外快適で、驚く。


 アークは予想以上に有能で、掃除から洗濯、炊事に至るまで何でもこなした。


 一人でマルクスとリルルの世話をする。


 そんなアークにリルルは三日で懐いた。


 マルクスに心を開くより、早い。


 何でも出来るアークはリルルにとって凄い人となった。




「アーク、アーク」




 リルルはアークの後をついて回る。


 アークのすることは何でも真似したがった。


 自分もやってみたがる。


 リルルとしては手伝いたいらしい。


 アークはそれを駄目とは言わなかった。


 マルクスに許可を貰い、リルルがやりたいことは何でもやらせる。


 もちろん、上手く出来ないことの方が多かった。


 大抵は手伝うより邪魔をすることになる。


 そんな時はアークが手を貸した。


 最後までリルルにやらせる。


 そんなアークをリルルが慕わないわけがない。




 リルルは達成感というものを初めて知った。


 自分で何かを成すのは初めての経験で、自分にも何かが出来るというのは自信に繋がる。


 人の陰に隠れてばかりいたリルルは少しずつ積極性を見せるようになった。


 自分からやりたいと言い出す。


 息子が日に日に変わっていく姿を見て、マルクスは喜んだ。


 リルルはよく笑うようになる。


 外で走り回るのも見かけるようになった。


 子供らしい顔も出来たのだと、マルクスは知る。


 マルクスが知っているリルルはいつもさめた顔をしていた。


 それは表情を読ませないように教育を受けたせいかもしれない。


 貴族は感情を読み取られるのをよしとしない。


 だがそんなことをここでは考えなくて良かった。


 周りにいる人間はアークだけだ。


 気を遣う必要は無い。


 そのことをリルルは感じ取っているようだ。




 そんな息子の変化が、嬉しい反面少しマルクスは悔しい。


 自分がリルルにそんな顔をさせたかった。


 しかし今のところ、懐いているのはアークに対してだ。


 自分にはまだ壁があるのを感じる。


 それをマルクスは不満に思っていた。


 面白くない。


 父親としてのプライドが少し傷ついていた。












 だがそんな不満を子供にぶつけるほど、マルクスも大人気なくはない。


 リルルに文句は言えなかった。




「アークはずるいな」




 その分、アークにぶつける。


 リルルが疲れて眠るのを待ってから、切り出した。


 ランスローに来てからリルルは早く寝るようになる。


 アークの手伝いをしたり、走り回ったりしているので、疲れるようだ。


 その分、食事の量は増える。


 少食で食事を残し気味だったのに、アークの作った食事はよく食べた。


 アークの作る料理は王宮の食事に比べたら、ずっと素朴な家庭料理だ。


 品数は少ないが、量は多い。


 それを2人ではなく、3人で一緒に食べる。


 アークにも共に食卓に着くように言った。


 使用人と食事を共にするのもリルルは初めてだろう。


 最初は戸惑う顔をしていたが、直ぐに慣れる。


 アークをただの使用人とは違うと認識した。




「何の話でしょう?」




 突然の言葉に、アークは困惑する。


 マルクスが何を言いたいのか、わからなかった。




「リルルに懐かれて、ずるい」




 マルクスは口を尖らす。


 自分でも子供じみたことを言っているのはよくわかっていた。


 だが、アークには言ってもいいような気になる。


 それが甘えであることにマルクスはいまいち気づいていなかった。




「そう言われましても……」




 アークは困った顔をする。


 苦く笑った。


 マルクスが本気で文句を言っている訳ではないのはわかっている。


 だが、どう返事をするのが正解なのかわからなかった。




「どうして、アークは子供の扱いが上手いんだ?」




 マルクスは質問する。




「兄弟が多いからですよ」




 アークは答えた。


 小さい頃から、弟や妹の面倒を見てきたことを話す。




「兄弟か」




 マルクスはちょっと遠い目をした。


 弟の世話をしたいと思ったことはマルクスにもある。


 だが結局、何もしてやれなかった。


 そんな少しほろ苦い気持ちを思い出す。




「そんなに心配しなくても、リルル様にとって父親はマルクス様だけです。私では代わりにはなりません」




 アークは安心させるように言った。


 マルクスを宥める。




「……」




 マルクスは複雑な顔をした。




「アークは私にも優しいのだな」




 それも仕事かという目をアークに向ける。




「手の掛かる人には昔から弱いのです」




 アークは笑った。


 遠回しに、マルクスのことを面倒な人だと言う。


 気づいたが、マルクスは気にしなかった。


 嫌な感じはしない。




「そうか。アークはもともと私の手伝いなのだから、リルルより私を優先してくれなければ困る」




 マルクスの言葉に、アークは頷いた。




「そうします」




 約束する。


 マルクスは満足な顔をした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る