第248話 閑話:父と子2




 その後はリルルが熱を出すこともなく、ランスローに着いた。


 リルルは無口で、離宮で一緒に暮らしている時には会話らしい会話はほとんどなかった。


 顔を合わせるのも食事の時などの限られた時間しかないので、そもそも話をする機会があまりない。


 それがマルクスたちにとっては普通になっていた。


 だが四日も二人きりで馬車で移動していると、少しずつ会話をするようになる。


 ぽつりぽつりと、リルルは口を開くようになった。


 そんな息子の変化をマルクスは喜ぶ。




 ランスロー領内に入ると、アルフレットたちやその荷物を乗せた馬車はランスロー家に向かった。


 マルクスたちの馬車は直接、アークが待つ新しい家へと向かう。


 たいして広くないスペースにぎりぎり馬車は停車した。


 マルクスはリルルを連れて馬車を降りる。


 屋敷とは言いにくいこじんまりとした家の前に立った。




「……」




 リルルは不思議そうに家を見る。




「ここはどこですか?」




 マルクスに問いかけた。




「私とリルルの新しい家だよ」




 マルクスは説明する。




「……」




 リルルは驚いた顔をした。


 リルルは王宮しかしらない。


 家というのはだだっ広く大きな建物のことだと思っていた。


 こんな小さな建物を見たことがない。




「これが?」




 首を傾げた。


 訝しがる顔が年相応の子供っぽくて、マルクスは嬉しくなる。


 にこにこ笑っていると、アークが駆けてくるのが見えた。


 出迎えに出てこないと思ったら、留守だったらしい。




「お待たせして、すいません。一度、ランスロー家に立ち寄られるかと思って、あちらでお待ちしていました」




 アークが息を切らして説明した。


 急いで走ってきたのがよくわかる。


 そんなアークを見て、リルルはさっとマルクスの後ろに隠れた。


 知らせない人は怖い。


 特にアークは引き締まった身体をしているが長身で、子供から見れば威圧感があった。


 子供が驚くのは無理もない。




「リルル。一緒に暮らすアークだ。私たちの世話をしてくれる人だよ」




 マルクスは説明した。


 リルルの顔を見る。




「世話をする……」




 リルルは考え込んだ。




「乳母や侍女は?」




 問いかける。


 そこに執事を入れないのは、アークが執事だと判断したのだろう。


 年の割に、リルルは考え方がしっかりしていた。




「いないよ。この家で暮らすのは私たち3人だけだ」




 マルクスは答える。




「……」




 リルルは困惑した。


 王宮では常に大勢の人に囲まれている。


 人が多いのが当たり前で、そうじゃない生活はしたことがなかった。


 それはマルクスも同じだ。


 前回、ランスローに来た時に驚く。


 ランスロー家は使用人が少なく、マリアンヌは自分が出来ることは自分でしていた。


 それが当たり前で、苦ではない顔をしている。


 マルクスはそれが不思議で、いろいろ尋ねた。


 マリアンヌは世話をして貰うより、自分のことは自分で好きなようにする方が気楽だと言う。


 逆に、常に側にいて誰かの目を感じながら生きるのは息苦しくないかと聞かれた。


 そんなこと考えたこともなかったので、驚く。


 確かに、周りに人がいない生活は不便だが気楽だ。


 初めて、“自由”というものをマルクスは知る。


 誰のことも気にしなくていいのは、なんて楽なのだろう。


 そんな生活をリルルにもさせてみたいと思った。




 マルクスは密かに、リルルのことで悩んでいる。


 親として、もっとリルルに関わりたかった。


 自分と母親のような関係にはなりたくない。


 だが乳母もいて侍女もいる生活では、マルクスが手を出す隙がなかった。


 そのことを何かの折りにマリアンヌに話す。


 だったら、乳母も侍女もいない生活をすればいいのではないかと、マリアンヌは簡単に言った。


 自分はそうやってシエルを育てたと自慢される。


 マリアンヌとしては、たいして考えもせずに口にした言葉だろう。


 だがその言葉はマルクスには衝撃を与えた。


 今まで、そんなことをマルクスに言った人間はいない。


 誰かに相談しても、王子はそんなことを考える必要は無いのだと、逆に諭された。


 王族は子育てなんてしない。


 それは臣下の役目で、王族には他にすべきことがあると言われた。


 確かに、それはそうだろう。


 間違っているとはマルクスも思わない。


 だが、マルクスはもっとリルルに関わりたかった。


 その気持ちを誰も理解してくれない。


 肯定されたのは初めてだ。


 マリアンヌは変わっていると、しみじみ思う。


 同時に、ランスローでならマリアンヌのいう暮らしが可能な気がした。




「これからはリルルが頼れる相手は私とアークしかいない。不便かもしれないが、そんな不便もリルルが楽しんでくれたら嬉しいよ」




 マルクスは囁く。




「……うん」




 小さな声でリルルは頷いた。


 その顔は少し照れくさそうに見える。


 嫌ではないようだ。


 マルクスはほっとする。




「何かあったら、何でも言ってください」




 アークはしゃがみこみ、視線をリルルと合わせた。


 怖がらせないよう、笑顔を浮かべる。


 リルルはマルクスの後ろに隠れたままだが、アークのことはじっと見ていた。


 観察している。


 アークはにこにこと優しい笑顔でリルルを見ていた。






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