第247話 閑話:父と子





 息子のために、マルクスはゆっくりと馬車を走らせた。


 三日の距離を四日かけて進む。


 それでも、子供には馬車の旅は苦痛だろう。


 マルクスはちらちらと息子の様子を眺めた。


 体調を気にする。


 だが、思ったより元気そうだ。


 リルルは窓から外を眺めている。


 興味深そうな顔をしていた。


 息子が何かに興味を示すのを、マルクスは初めて見た。


 王宮を初めて出たリルルは目にするものすべてが珍しいらしい。


 そんな息子に、マルクスは少しほっとした。




 自分の我侭に付き合わせている自覚はある。




「大丈夫かい?」




 時々、息子に声をかけた。


 リルルはちらりと父親を見る。




「うん」




 小さな声で頷いた。




 リルルは大人しい子だ。


 引っ込み思案で、いつも大人の影に隠れている。


 父親であるマルクスに対してさえ、心を開いているかは微妙だ。


 リルルの周りには大人しかいない。


 同じくらいの年頃の子供と顔を合わせたことはほとんどないはずだ。


 生まれて程なく、リルルは母親から乳母の元に移される。


 それは珍しいことではない。


 王族は乳母に育てられるのが普通だ。


 マルクスも乳母に育てられた。


 おかげで、未だに母との関係は微妙だ。


 マルクスにとって、母というのは兄に勝てと無理を強いるだけの存在でしかない。


 だがマルクス以上に、リルルは母親との縁が薄い。


 一歳になる前に王宮を出た母親とはそれから一度も会っていなかった。


 母親の顔を覚えているのかもあやしい。


 そんなリルルのことを乳母も周りの侍女たちも不憫に思った。


 過保護に甘やかす。


 息子はとんでもなく傲慢な人間に育つのではないかと、マルクスは心配した。


 厳しく躾をしてくれる教育係を小さな頃からつける。


 それが良かったのか、そもそも賢い子だったのか、リルルは傲慢にも横暴にもならなかった。


 むしろ、臆病で慎重な子供になる。


 王宮の怖さを無意識に感じ取っているようだ。


 問題を起こすようなこともない。


 だが、それが必ずしも良いこととは思えなかった。


 子供なんて、大人が思いもしないようなことをしでかすものだ。


 アルフレットの息子たちを見ていると、そう思う。


 同じくらいの年の子なのに、リルルと全く違った。


 ランスローに滞在中、2人の様子を見ていて、マルクスは息子が心配になる。


 聞き分けのいい良い子だが、それは何もかも我慢しているだけなのではないかと思えた。


 しかし、窮屈な王宮では自由にのびのびと育てることは難しい。


 ランスローで暮らそうと思った理由の一つはリルルのこともあった。


 感情の起伏が少ないリルルの笑顔が見たい。




「これから行くランスローにはもっと自然がたくさんあるよ」




 マルクスはリルルに説明した。




「楽しみだね」




 リルルに微笑む。


 こくりと、黙ってリルルは頷いた。


 嬉しいのかそうでないのか、父親であるマルクスにも読めない。


 前途多難な気がした。


 だが、そう簡単に変わるわけがない。


 徐々に自分もリルルも変わっていければいいと思った。












 一日目の夜、リルルは熱を出した。


 平気そうにしていたが、無理をしていたのかもしれない。


 アルフレットに同行していたセバスがいろいろ手配してくれた。


 いてくれと良かったとマルクスは思う。


 マルクスは使用人を誰も連れてこなかった。


 王宮の人間は新居に入れたくない。




「無理をさせてしまったな」




 マルクスは反省した。




「子供が熱を出すなんてよくあることですよ」




 セバスはマルクスを慰める。


 知恵熱みたいなものだと説明した。


 新しいことをいろいろ体験して、興奮したのだろう。




「そういうものなのか?」




 マルクスは驚いた顔をした。


 今まで、そんなことを知る機会もマルクスにはなかった。




「わたしは何も知らないのだな」




 落ち込む。




「これから知ればいいのではありませんか?」




 セバスはフォローした。


 マルクスは笑うしかない。


 不安な気持ちは押し隠した。












 夜遅くまで、マルクスはリルルの側にいた。


 幸い、熱は直ぐに下がる。


 すやすや眠る寝顔をマルクスは眺めていた。


 ぱちりと、リルルは目を開ける。




「……」




 側にいるマルクスを不思議そうに見た。




「目が覚めた? 水を飲むかい?」




 マルクスは聞く。


 ふるふるとリルルは首を横に振った。


 何か言いたそうな顔をする。




「なんだい?」




 マルクスは尋ねた。




「熱を出して、ごめんなさい」




 リルルは謝る。


 迷惑を掛けたと思ったようだ。


 マルクスは切ない気持ちになる。




「謝る必要はないのだよ」




 そっとリルルの頭を撫でた。


 それを聞いて、リルルは安心した顔をする。


 小さく笑って、再び目を閉じた。


 すやすやと寝息を立てる。


 マルクスはその寝顔をしばらく眺めていた。




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