第184話 第五部 第四章 6 第二王妃2
沈黙はとても長く感じられた。
わたしだけではなく、レティシアの従者たちも主がどんな言葉を発するのか耳をすましている。
空気はとても重かった。
「どうでしょうね」
独り言のようにレティシアは呟く。
「正直、自分でもよくわからないわ」
そう続けた。
それが誤魔化すための嘘ではなく、本気なのはわかる。
レティシアは小さく首を傾げた。
「貴女を憎らしく思う気持ちがあったのは事実です。貴女が第三王子と結婚して王子を産めば、王位継承権は間違いなくラインハルトのものになるでしよう。わたしの息子が国王になる可能性は万に一つもなくなるのです。そんな貴女を憎らしく思うのは当然ではなくて?」
問われる。
「そうですね」
わたしは同意した。
「でも、マルクス様が国王になることを望んでいないこともレティシア様はご存知ですよね?」
問い返す。
「もちろん、知っているわ。そしてわたしを疎ましく思っていることも」
自分で言いながら、レティシアは落ち込んだ。
憂いを帯びた顔をする。
(あれ?)
心の中で、わたしは首を捻った。
(あれ? あれ?)
目の前の女性はわたしのイメージとだいぶ違う。
悪い人には見えなかった。
厳しいところもあるのだろうが、本当は優しい人なのかもしれない。
(これって、演技なのかな? 演技だとしたら凄いな)
わたしは困惑する。
何が真実なのか、わからなくなった。
自分の直感を信じるべきなのか迷う。
「……もしかして、わたしの命を狙っていたのはレティシア様ではないのではありませんか?」
思い切って、尋ねた。
メアリがぎょっとしたのがわかる。
何を言い出すのだという顔をしていた。
だが、わたしにはそう思える。
すべてが演技で、騙されている可能性もあるけれど。
「そうだったら、どうするの?」
レティシアは答えなかった。
代わりに、問う。
「そうだったら、とても困ります」
わたしは正直に答えた。
「レティシア様が犯人でなければ、わたしはまた犯人探しをしなければなりません。正直、お手上げの気分です」
ため息をつく。
そんなわたしをレティシアはふっと笑った。
偽りのない言葉が可笑しかったのかもしれない。
「その必要はないわ」
レティシアは小さく首を横に振った。
「わたしは犯人ではないけれど、犯人はわたしの方で捕らえて、処分しました」
思いもしない言葉に、わたしは目を丸くする。
自分の耳を疑った。
「今日はそのことを伝えに来たのです」
レティシアは淡々と続ける。
「……」
わたしは咄嗟に返す言葉がなくて、沈黙した。
そんなわたしの様子を見ながら、レティシアはお茶を一口、飲む。
時間が経ち、それは温くなっている用に見えた。
わたしはそれが気になる。
「メアリ。お茶を淹れなおしてくれる?」
頼んだ。
「かしこまりました」
メアリは紅茶を淹れ直す。
今度はレティシアのメイドも何も言わなかった。
新しい紅茶は温かな湯気を上げている。
レティシアはカップを手に取り、口をつけた。
喉を潤す。
「先ほどの話を詳しく伺ってもいいでしょうか?」
わたしは問うた。
納得できる説明が欲しい。
「構いませんが、犯人は誰だと思いますか?」
レティシアは聞き返した。
「そうですね……」
わたしは考える。
レティシアが処分したというなら、その周囲にいる人間だろう。
わたしが死んで誰が得をするのか、もう一度、考えてみる。
マルクスが国王になった時、恩恵を受けそうな相手を思い浮かべた。
その筆頭が誰なのかを、自分が思い違いをしていたことに気づく。
「マルクス様のお妃様の関係者ですか?」
わたしはレティシアに聞いた。
レティシアは静かに頷く。
「妃の兄でした」
渋い顔をした。
わたしの予想は当たったらしい。
(そういうことか)
納得する。
自分が勘違いした理由にも気づいた。
わたしはマルクスが離婚するつもりであることを知っている。
妃の方もそれを了承していると聞いていた。
だからマルクスが国王になっても、彼女が王妃になるとは考えない。
無意識に、得をする人間の中から妃の実家を除外していた。
だが、承諾していても2人はまだ離婚したわけではない。
今の段階では、マルクスが国王になったら王妃になるのは彼女だ。
もしかしたらそれが、妃が離婚をしない理由であるかもしれない。
妃に都合のいいタイミングで離婚することは決まっており、妃からの連絡を待っているとマルクスは言っていた。
しかしその連絡は未だに来ないらしい。
彼女は連絡しなかったのではなく、出来なかったのかもしれない。
周囲に離婚を止められていた可能性は高かった。
妃の兄はマルクスが国王になったら王妃の兄になる。
すでに王子を産んでいる妃の立場は安泰だ。
第一王妃になることは確実だろう。
それがわかっているからこそ、彼はわたしの命を狙ったのだ。
王妃の兄になるためなら、わたしの命を奪うことに躊躇いはなかったのかもしれない。
「身内のいざこざで迷惑をかけました」
レティシアは謝罪した。
「いえ、そんな……」
気にしないでくださいとは言えないが、謝罪されるのもちょっと違う気がする。
「レティシア様はいつ、真相に気づいたのですか?」
代わりに尋ねた。
詳細が知りたい。
「……」
レティシアは苦く笑った。
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