第183話 第五部 第四章 5 第二王妃




 第二王妃レティシアはお茶の時間に少しだけ遅れてやってきた。


 主役は後から登場するものらしい。


 遅れたのに、悪びれた様子はなかった。


 堂々としている。




(この人も主役だ)




 わたしは心の中で呟いた。


 その他大勢のわたしに目くじらを立てる必要なんてないのにと思う。




「ようこそ、おいでくださいました。ラインハルトの妃・マリアンヌと申します」




 わたしは挨拶した。


 ドレスの端を持って、頭を下げる。


 今日はマタニティドレスではなく、普通のドレスを着ていた。


 久しぶりに着たので、ちょっと苦しい。


 笑顔が少しひくついた。




「レティシアです。お招き、ありがとう」




 礼を言う声は凜としている。


 面立ちや髪の色などはマルクスに似ていた。


 マルクスをきつめにしたらこうなるだろう。


 マルクスも整った顔立ちをしているが、レティシアも間違いなく美人だ。




(顔で妃を選んでいるわね)




 わたしは確信する。


 ポンポコは面食いのようだ。




(わたしにあたりが強いのは、美人ではないからかもしれない)




 そんなことを考えたが、不思議と腹は立たない。


 それはそれで別に構わないと思った。




 わたしは客間にレティシアを案内する。


 レティシアははぞろぞろと側近たちを連れていた。


 執事っぽい男性が一人と同じ位の年嵩の女性。


 その他にメイドが2人いる。




(まさか4人も引き連れてくるとは)




 心の中でぼやいた。


 だが、警戒するのは当然かもしれない。


 レティシア的には敵の本拠地に乗り込むようなものだろう。




(めちゃくちゃ警戒されている)




 苦笑が洩れた。


 だが逆に言えば、こんなに警戒しているのに来てくれたことになる。


 対話の意思をわたしは感じた。


 わかりあえる可能性はあると信じたい。




 わたしはレティシアにソファを勧めた。


 レティシアは座る。


 その後ろに4人がずらっと並んだ。


 威圧感が半端ない。


 向かい側に座るわたしについているのはメアリ一人だ。


 アントンや他のメイドを呼ぶことを一瞬、考える。


 だが、止めた。


 ケンカを売りたいわけではない。


 こちらのテリトリーに入るのだから、向こうが警戒するのは当然だろう。


 こちらはあえて少ない人数で対応しようと思った。




 わたし達が座るを待ってからメアリはお茶を淹れようとする。




「お待ちください」




 それを止めたのはレティシアについてきたメイドだ。




「王妃様の分はわたくしたちが淹れます」




 そう言う。


 メアリとの間にバチバチしたものが走った。




「マリアンヌ様」




 メアリはわたしを呼ぶ。


 指示を仰いだ。




「レティシア様がそうお望みでしたら。お客様の要望にお応えするのもホストとしての努めでしょう」




 わたしは頷く。


 レティシアのメイドにお茶を淹れてもらうことにした。


 メアリは素直に引く。


 レティシアのメイドがお茶を淹れる姿をわたしはなんとなく眺めていた。


 優雅な仕草でメイドはお茶を淹れる。


 その動きは洗練されていた。


 レティシアが口うるさいのは自分の使用人に対しても同じらしい。


 細かいことが気になる性格なのだと察せられた。


 レティシアのメイドは自分の主だけではなく、わたしにもお茶を淹れてくれる。


 ティーカップはわたしの前にも置かれた。


 とても良い香りが漂っている。


 悪阻のことが少し頭を掠めた。


 だが、気持ちが悪くなることはない。




(目の前で具合を悪くしたら大事になるから、良かった)




 わたしはほっとした。




「ありがとう」




 お茶を淹れてくれたメイドに礼を言う。


 メイドは一瞬、驚いた顔をした。


 礼を言われるとは思わなかったらしい。




「?」




 そんなメイドをわたしは不思議そうに見た。


 メイドはすでにすました表情に戻っている。




「いただきます」




 わたしはティーカップを手に取った。


 周りの視線を感じる。


 みんながわたしを見ていた。


 わたしはゆっくりとカップに口をつける。


 こくりと一口、飲んだ。


 メアリが心配そうにそれを見ている。


 レティシアもじっとわたしを凝視していた。




「わたしが毒を盛るとは考えなかったのですか?」




 レティシアは静かな声で尋ねる。


 抑揚がないのが逆に怖かった。


 冷静にそんな話が出来る人なのだなとわかる。


 激情で突っ走るタイプでないことは幸いだと考えるべきかもしれない。


 だが手玉に取るのは難しく、厄介な相手であることも確かだ。




(まあ、わたしには誰かを手玉に取るなんて器用なことは無理だけど)




 心の中で呟く。


 真っ直ぐ、わたしはレティシアを見た。




「……思いました」




 正直に答える。


 メアリは眉をしかめてわたしを見た。


 そこは交わすところだと目が語っている。


 わたしだって、否定するべきなのはわかっていた。


 だがせっかく、レティシアの方から話を切り出してくれたのだ。


 乗らない手はない。


 ここで誤魔化したら、話がしにくくなるのはわかっていた。




「わたしを狙っているのは、レティシア様ですよね?」




 ずばり問う。




 そんな直球が返ってくるとは思わなかったらしく、レティシアは戸惑った顔をした。


 おそらく、招待状の文章からわたしの性格をいろいろ予想していたのだろう。


 ああいう回りくどいやり方をすると思ったようだ。


 すばり切り出したのは、わたしの意表を突くだめだったのかもしれない。


 だがあの文章はシエルが考えたものだ。


 わたしは回りくどい貴族的なやり方は得意ではない。


 何を言いたいのか、途中で理解できなくなるのが常だ。


 ずばっと言いたいことを言ってもらった方が助かる。


 この状況はわたしの理想の展開だ。




「何故、そう思うのです?」




 レティシアは聞いた。




「木を隠すなら、森の中だからです。第二王子派閥の嫌がらせの中にこっそり自分の罠も紛れ込ませておけば、ことが明るみに出た時はすべてが派閥の貴族たちのせいになるでしょう。ご自身の派閥を切り捨ててまで、害したいほどにわたしのことが憎いのですか?」




 わたしは聞き返す。




「……」




 レティシアは沈黙した。


 それが考えているからなのか、答えるつもりがないからなのか、わたしにはわからない。


 わたしはただ、次の言葉を待った。








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