第182話 第五部 第四章 4 退屈な日々




 返事か届いてからさらに二日後。


 お茶会はわたしたちの離宮で行われることになった。


 その日は朝から離宮の皆がそわそわしていて、落ち着かない。


 メイドたちは念入りに掃除に励んでいた。


 客間をピカピカに磨き上げている。


 クロウは張り切ってお菓子を作っていた。


 たくさんの種類を用意するつもりらしい。


 大変そうなので手伝いを申し出たら、邪魔だと追い出された。


 お茶とお菓子を渡され、部屋にいてくれと言われる。


 わたしは主なのに、扱いがぞんざいな気がした。


 だが皆、第二王妃のことで頭が一杯らしい。




 わたしは素直に夫婦の部屋に向かった。


 メアリはトレイに乗せたお茶とお菓子を運ぶ。


 シエルと2人、まったりとわたしはお茶を楽しんだ。


 一週間が過ぎたのに、シエルはランスローに帰らずに残っている。


 わたしが心配で帰れないと言った。


 そんなシエルがわたしは心配なので、ランスローに帰って欲しい。


 王都を離れれば安全だろう。


 だが、シエルは頭を縦に振らなかった。


 何度か話し合ったが、意見は平行線を辿ったまま交わらない。


 わたしは説得するのを諦めた。




 みんな、わたしが心配でならないらしい。


 ラインハルトでさえ、仕事を休んでお茶に付き合うと言い出した。


 わたしを一人で王妃に会わせるのは不安なようだ。


 だがわたしは誰の邪魔も入らない状況で、第二王妃と話をしてみたい。


 丁重にお断りし、仕事に送り出した。




「ねえ、メアリ」




 わたしはメイドの中で唯一、わたしに付きっきりで側を離れないメアリに呼びかける。




「なんでしょう?」




 メアリは返事をした。




「王妃様がいらっしゃるのは、午後のお茶の時間よね? なのに何故、みんな朝から頑張っているのかしら?」




 わたしは首を傾げる。


 頑張るのは早すぎると思った。




「第二王妃様は厳しい方なので、みんな緊張しているのでしょう」




 メアリの言葉に、わたしはぴくりと反応する。


 そんな話は聞いていなかった。




「それ、初耳よ」




 困る。


 一応、相手は義理の母みたいなものだ。


 わたしにとってはお姑さんになるだろう。


 嫁と姑の確執という単語を不意に思い出した。


 窓の桟を指でつーっとなぞって、埃が積もっているとねちねちいう姑のイメージが浮かぶ。


 ドキドキした。




「わたしも何かした方がいいのではなくて?」




 メアリに尋ねる。




「いえ。マリアンヌ様にしていただくことは何もありません。ここに座って大人しくしていただける方が、わたしたちは助かります」




 メアリにはっきり言われた。


 確かに、掃除も料理もわたしの仕事ではない。


 やることは何もなかった。


 邪魔にならないよう、じっとしているのが一番いいのかもしれない。


 だがそんな自分にもやっとした。




 掃除も炊事も洗濯も、全てしてもらえて貴族生活は楽だ。


 だがそれは、自分が何の役にも立っていない気分になる。


 人間というのは誰かの役に立ちたい不思議な生き物だ。


 それが社会性というものなのかもしれない。




「何もすることがないというのは、楽だけど寂しいわね」




 わたしはため息をついた。




「自分が誰にも必要とされていない気分になるわ」




 ぼやく。




「貴族の女性はこれが普通だよ」




 シエルは笑った。


 わたしは自分で動きすぎるのだと、注意される。


 ランスローでの自分の生活が普通でなかったことはわたしも自覚していた。


 人手が足りていないことをいいことに、わたしは自分でいろいろやる。


 人に頼り切って、自分が何も出来なくなるのが嫌だった。


 何も出来ないわたしがさらに出来なくなるなんて、恐怖でしかない。


 せめて、前世で出来たことは出来るまま維持したかった。


 それが貴族としては異端であることはわかっている。


 だが、普通の貴族生活を辺境地で送るのは少し無理があった。


 王家に嫁いでから、これが貴族の普通の生活なのかと改めて知る。


 身の回りのことは全てメイドがしてしまうので、自分ですることは何もなかった。


 着替えさえ、人任せだ。


 わたしはその生活を、まるで人形のようだと思う。


 そんな生活を王妃は何十年も続けているのだ。


 退屈でしょうがないのではないかと思う。




(やることが何もないから、自分の息子を国王にするという野望に燃えていたのではないかしら?)




 そう考えると、ちょっと寂しい気分になった。




「ねぇ、シエル。王妃様って、暇すぎるんじゃないかしら?」




 思いついたままを口にする。




「姉さん」




 シエルはため息をついた。




「何を言っているの?」




 困惑を顔に浮かべる。




「何もすることがない生活が普通なら、王妃様はきっと退屈を持て余していたでしょうね。やることがないから、余計なことをいろいろと考えてしまうのだと思わない?」




 わたしは同意を求めた。




「……」




 シエルは返事をしない。


 困った顔でわたしを見た。


 その貴族的な対応を見て、わたしもそれ以上は問わない。


 話題を少し変えた。




「そもそも、みんなが第二王妃様って呼ぶのもよくないと思うの。それは立場であって、レティシア様の名前ではないですもの」




 わたしは第二王妃の名前を口にする。


 シエルは驚いた顔をした。




「名前で第二王妃様をお呼びするつもりですか?」




 メアリが尋ねる。




「そうよ。王妃様を名前で呼ぶことは不敬にはならないもの。そのあたりはちゃんと確認したから大丈夫よ」




 わたしは微笑む。


 王妃の返事をわたしもただ待っていたわけではない。


 会った時にどうすればいいのか考えていた。


 そして、何が不敬に当たって何が不敬に当たらないかを確認する。


 そういうのを纏めた本が王家にはあった。


 ラインハルトからその本を借りる。


 明確なルールが存在することを本で知った。




「姉さんの大丈夫は不安しかない」




 シエルはぶるっと身体を震わせる。


 なんとも困った顔をした。




「やはり私も同席した方が……」




 そう言う。




(いやいや、それは逆効果でしょう)




 わたしは心の中で苦笑した。


 母に良く似たシエルを見たら、王妃は心穏やかではいられないだろう。


 だがそれを口には出さなかった。


 シエルが凹むのはわかっている。




「それは駄目よ」




 断った。




「わたしはレティシア様とは2人で話しをしたいの」




 誰にも邪魔されたくないと、言い切る。




「……」




 そんなわたしに、シエルは何も言わずに黙り込んだ。








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