第185話 第五部 第四章 7 第二王妃3
レティシアは困った顔をしながらも、話してくれた。
自分が陰謀に巻き込まれていることに気づいたのは、わたしが出したお茶会の招待状を見た時らしい。
そこに入っていた押し花を見て、驚いた。
それは自分が育てている鉢植えの花で、この辺では自生していない。
自分以外、この花を持っている人間はいるはずがなかった。
それが押し花となって招待状に添えられていることに、意味を感じ取る。
何かが起こっていることを察した。
招待状を読む。
さらに驚いた。
鉢植えが上から降ってきたと書いてある。
自分が疑われていることを知った。
慌てて、レティシアは鉢植えを確認させる。
すると一個足りないことが判明した。
落とされた鉢植えが自分のものであることをレティシアは確信する。
そして、誰かが自分に罪を着せようとしていることに気づいた。
レティシアはさっそく犯人を捜す。
鉢植えを持ち出せる人間は限られていた。
離宮には誰でも出入り出来る訳ではない。
自分の離宮に出入りした者を確認した。
意外な人物の名前が挙がる。
マルクスの妃の兄が離宮に来ていたことを知った。
レティシアはもちろん、面会していない。
彼がやってくる理由は何もなかった。
だがそれでも一応、彼は第二王妃の親族になる。
離宮に出入りしてもとがめられることはなかった。
チェックも緩い。
調べると、犯人が彼であることは直ぐにわかった。
彼は鉢植えを盗んだことがばれるとは考えなかったらしい。
実際、わたしがレティシアの招待状にあの押し花を入れなければ、レティシアは鉢植えの数が足りないことに気づかなかっただろう。
犯人捜しも行われなかったはずだ。
彼は自分の形跡をあちこちに残していたらしい。
証拠は直ぐに揃った。
それでも、後始末が終わるまで三日もかかる。
招待状の返事が届くまで時間がかかったのはそのせいのようだ。
すべてが終わった後、レティシアは返事を出す。
わたしはいろいろと腑に落ちた。
大切にしている鉢植えを落として割ることに違和感を覚えたが、それは正しかったらしい。
本当にレティシアが犯人だったら、わざわざ自分を指し示すような鉢植えは使わないだろう。
それも踏まえて警告という可能性もあるが、そこまで考えたらきりがない。
レティシアが犯人でなくて良かったと、わたしは少しほっとした。
王妃を犯人扱いしたことはいろいろ不味いが、レティシアはそのことを追求するつもりはないらしい。
わたしはこのままばっくれることにした。
だがまだ疑問は残っている。
「でも何故、彼はレティシア様に自分の罪をきせようとしたのでしょう? 濡れ衣を着せる相手は他の誰かでも良かったはずです」
わたしは首を傾げた。
引っ掛かりを覚える。
彼にとって、レティシアは後ろ盾のはずだ。
「わたしを恨んでいたのでしょうね」
レティシアは一言、答える。
(それは何故でしょう?)
さすがにその問いかけは口にできなかった。
とても聞きたいが、わたしも空気は読める。
それが聞いていいことかいけないことかくらいは判断できた。
ぐっと我慢する。
口をぎゅっと閉じたら、なんとも微妙な顔になったらしい。
くすりとレティシアに笑われた。
「それにしても、貴女は少しも母親に似ていないのね」
そう言われる。
「よく言われます」
わたしは頷いた。
飄々と受け流す。
今さら、そんな言葉で傷ついたりはしなかった。
「……」
そんなわたしをレティシアは意外そうに見る。
「そういう、何にも動じないところはあの人の娘という感じはするわね」
誉められているのか貶されているのか、よくわからないことを言われた。
「母のことをよくご存知なのですか?」
わたしは尋ねる。
気になっていたことを確認した。
「そうでもないわ」
レティシアは首を横に振る。
「貴女の母親は自分が興味のない相手には歯牙もかけない人だったもの」
眉をしかめた。
「それはすいません」
わたしは思わず、謝る。
母のそんな性格はよく知っていた。
そんな母に振り回された人はたくさんいる。
その人たちをわたしはいつも気の毒に思っていた。
もしかしたら、レティシアもそんな振り回された一人だったのかもしれない。
母のことを嫌っているというよりは、好きだったのではないかと思えた。
「母のせいでいろいろと迷惑されていたら、すいません」
改めて謝る。
「貴女は変わった子ね」
レティシアはまじまじとわたしを見た。
「貴女が謝る必要ないでしょう?」
問われる。
嫌味ではなく、本当にそう思っているようだ。
「母のことで恨みに思われていたら、困るので。わたしが謝れば済む問題なら、いくらでも謝罪します」
わたしは真っ直ぐレティシアを見返した。
「それはラインハルトのため?」
レティシアは尋ねる。
「いいえ。母に良く似た弟のためです」
わたしは微笑んだ。
母のことで迷惑を受けそうなのは、わたしよりも似ているシエルの方だ。
そしてわたしはそれが心配で堪らない。
「仲がいい家族なのね」
レティシアは羨ましい顔をした。
「そう思います」
わたしは頷く。
「フローレンス様は幸せだったのね」
レティシアは遠い目をした。
「結局わたしは、未だに何一つ勝てないのね」
そんなことを言う。
「それは違うと思います」
わたしは否定した。
「わたしの母はずいぶん昔に亡くなりました。どんなに幸せでも、死ねばそこでお終いです。生きている人間の方が勝ちなのだと思います」
レティシアの勝ちだと告げる。
「息子に疎まれているのに?」
レティシアは自嘲気味に笑った。
わたしは言葉に窮す。
「血が繋がっているから仲良く出来るなんて、安易なことは言いません。血が繋がっているからこそ、難しい問題も世の中にはあるのですから」
家族や兄弟が、必ずしも仲良くやれるわけではないことを知っていた。
血が繋がっているからこそ、わかりあえないこともある。
だが、生きているということは分かり合う努力をする時間があるということだ。
分かり合える可能性はゼロではない。
そう話したら、レティシアは苦笑した。
「本当に変な子ね」
優しい笑みを浮かべる。
その顔はマルクスに似ていた。
仲良くなるのは無理ではない気がしてくる。
だがそれを口に出すことは憚った。
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