第180話 第五部 第四章 2 押し花と招待状




 千切れた花は紙に挟んだ。


 それを本の間に入れて押し花を作る。


 本を積み重ねて、プレスした。


 少しでも早く出来ないかと思って、ぎゅうぎゅう上から本を押してみる。




(そういえば、押し花を作るなんて前世を通しても初めてかも)




 そういう少女趣味的なものは持ち合わせていなかった。


 強くプレスすれば早く押し花が出来上がるかどうかも実はわかっていない。


 イメージ的に、早く出来あがるような気がしているだけだ。


 そしてそんなわたしをシエルとメアリが不思議そうに見ている。




「何をしているの?」




 シエルに問われた。




「押し花を作っているの」




 わたしは答える。




「押し花って何?」




 シエルは困惑した。


 そこで初めて、わたしはこの世界で押し花を見たことがないことを思い出す。


 わたしの記憶は前世と今世でカテゴリーが分かれていなかった。


 悪く言えば、ごちゃ混ぜになっている。


 機械や電気系統のものは明らかに前世の記憶だとわかっているが、押し花のようにアナログなものはどちらの世界の記憶なのか曖昧なところがあった。




(押し花って、この世界にはないのかな?)




 疑問が湧いた。


 少なくとも、今までわたしは見ていない。




「ねえ、メアリ。押し花って知っている?」




 メアリに尋ねた。


 ランスローは田舎なので、都会にあってもランスローにはないということもある。




「存じません」




 メアリは答えた。




(ないっぽい)




 わたしは心の中で呟く。


 わたしの言葉には時々、メアリには理解出来ない単語が混じることがあるそうだ。


 だがいちいち、メアリは尋ねない。


 たいていの場合はスルーしても問題がないので、流すことにしているようだ。




「花をプレスして紙のようにペラペラにするのが押し花よ」




 わたしは説明する。


 言いながら、ちょっと違うかもしれないと思った。


 だがそれ以外、説明する言葉をわたしは持っていない。


 なんせ、押し花を作るのは初めてだ。


 大体の意味が通じればいいやと開き直る。




「なるほど。でも、怒りを押し花に込めるのは止めた方がいいんじゃない? ちょっと怖いよ」




 シエルは苦く笑った。


 早く押し花を作りたいだけなのだが、わたしの姿は怒りを込めているように見えるらしい。




(それは怖いかも)




 自分でもちょっと引いた。




「そうね」




 わたしは押していた手をぱっと放す。




「物言わぬ花に込めたってしょうがないから、こっちに込めることにするわ」




 そういうと、カードとペンをメアリに用意してもらった。


 招待状の文言を考える。


 当たり障りない文章の中にさりげなく嫌味を取り混ぜるのに苦労した。


 時折考えながら、ペンを走らせる。


 だがポールペンと違い羽根ペンは書きにくい。


 インクが切れる前につけなおさなければならなかった。




(ボールペンが便利だなんて、この世界に生まれ変わるまで考えたこともなかったわ)




 心の中でぼやきながら、招待状を書き終える。




「こんな感じでどうかしら?」




 ちらちらとわたしの手元を見ているシエルにカードを差し出した。


 気になっているようなので、読ませる。


 シエルは受け取った招待状を黙読した。




「第二王妃様は花が好きな人なの?」




 読み終わった後、そう聞く。


 わたしが花がお好きなようなので押し花をおすそ分けしますと書いたからだろう。




「さあ?」




 わたしは首を傾げた。


 そんなこと、わたしが知るわけがない。




「好きかどうかは知らないけど、鉢植えで珍しい花を育てるくらいだから嫌いではないんじゃない?」




 わたしは答えた。




(まあ、花を好きな人が鉢植えを投げつけるのには違和感を覚えるけど。花が好きな気持ちよりわたしへの憎しみが勝ったのかも知れないわね)




 そうも思ったが、それは口にしない。


 シエルを心配させるだけなのはわかっていた。




「いろんな意味でケンカを売っているようにしか見えないんだけど、本気でこの招待状を出すの?」




 シエルは問う。




「本気よ」




 わたしは頷いた。


 煽るだけ煽ったので、乗ってくれたらいいなと思う。




「確認するけど、姉さんはケンカしたいわけじゃないんだよね?」




 シエルは困った顔をした。




「ええ、そうよ。お会いして、話をしたいだけ」




 わたしは頷く。




「それなら、もう少し当たりの柔らかい文章にした方が良くない?」




 シエルは提案した。




「そう?」




 わたしはシエルから招待状を取り返して、読み直す。


 確かにケンカを売っているが、この程度で……とも思った。


 しかし、わたしは自分の感性にいまいち自信がない。


 少しずれたところがあるのは自覚していた。




「アントンを呼んでくれる?」




 わたしはメアリに頼む。


 執事の意見を聞いてみようと思った。




 呼ばれてやって来たアントンはわたしの書いた招待状を読んで、苦笑する。




「シエル様のおっしゃるとおり、もう少しオブラートに包んだほうがよろしいかと思います」




 シエルを支持した。




「わかったわ」




 わたしは頷く。




「じゃあ、シエルが文章を考えて。わたしがそれを清書して、送るから」




 自分で考えることを諦めて、丸投げする。




「いいよ」




 シエルはわたしの書いた文章を読みながら、貴族的な言い回しに置き換えた。


 難解で、ぱっと読んだだけではなんだか意味不明な招待状が出来上がる。


 わたし的には何が言いたいのか、さっぱり伝わってこなかった。




「これでいい?」




 アントンに見せる。


 アントンは一読した。




「大変結構だと思います」




 大きく頷く。


 2人がそう言うなら、正しいのだろう。


 わたしはその招待状に、急ごしらえで作った押し花を添えて、第二王妃のところに届けてもらった。








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