第179話 第五部 第四章 1 押し花




 翌日、上から植木鉢が降ってくるという超常現象をわたしは体験した。


 朝の挨拶の帰り道、シエルにエスコートされて歩く。


 渡り廊下的なところを歩いていたら、上から何かがびゅんっと落ちてきた。




 ガチャン。




 その音に、わたしだけではなくシエルやメアリも驚く。


 わたしは咄嗟に、上を見た。


 二階に窓がある。


 人影が見えた気がした。


 だが、定かではない。




 落ちて割れたのが植木鉢であることは直ぐにわかった。


 植えられていたらしい花がぐしゃっと無残な姿を晒している。


 それはわたしから少しは慣れたところに落ちていた。


 本気で命を狙ったわけではないらしい。




(警告ってことかな)




 わたしは冷静にそんなことを考えた。


 だがそんなわたしの隣で、シエルは青ざめた顔をしている。




「姉さん」




 わたしを見た。




「大丈夫。何も問題ないわ」




 安心させるように、わたしは両手を小さく挙げる。


 怪我していないよアピールをした。


 鉢の欠片も届いていない。


 だが、平然としているわたしにシエルは渋い顔をした。




「もう少し、慌てて」




 責めるように言われる。




「だって、かなり遠いし」




 わたしは落ちて割れた植木鉢を指差した。


 直ぐ目の前に落ちたならさすがに驚く。


 だが鉢植えはけっこう離れた場所に落ちていた。


 本気で怪我をさせるつもりがないのはわかる。


 むしろ、こういう嫌がらせは世界が変わっても共通なんだなということにちょっと感慨深いものを感じていた。




「でも、可哀想ね」




 わたしは鉢が割れてぐしゃっとなってしまった花を見る。


 萎れて、元気がなかった。


 スミレのような花が咲いている。


 この辺では見かけない花だ。


 珍しいものなのかもしれない。


 青紫の花がなかなか可憐で可愛いかった。


 被害者はわたしより花の方だろう。




「あの花、庭に植えてあげることはできる?」




 メアリに聞いた。




「可能です」




 メアリは答える。




「それじゃあ、枯れないように植えてあげて」




 メアリに頼んだ。


 本当は自分でやりたいが、しゃがむ体勢はあまり取らないようにしている。


 渋い顔をされるのがわかっているのに、する必要はなかった。




「かしこまりました」




 メアリは返事をする。


 花を根っこごと持った。


 だが一輪、折れて駄目になった花がある。


 取れかかっていた。




「こちらの花は駄目そうです」




 メアリはその花を千切る。




「ちょうどいいわ。その花、わたしにちょうだい」




 わたしは手を差し出した。




「?」




 メアリは不思議そうな顔をする。


 だが何も言わず花をくれた。




「その花、どうするの?」




 シエルが問う。




「押し花を作るのよ」




 わたしはにっこりと笑った。




「この花、わたしは見たことがないのだけれど、珍しい花なのかしら?」




 メアリに尋ねる。




「そうですね。この辺の花ではありません」




 メアリは答えた。




「それならちょうどいいわね」




 わたしはにんまりする。




「姉さん、悪い顔をしているよ」




 シエルは苦く笑った。




「せっかくだから、招待状に添えましょう。上から鉢植えを頂いたので、おすそ分けですって。素敵だと思わない? きっと会いに来たくなると思うの」




 わたしは自分の考えを口にする。




「……姉さん。実はけっこう怒っているんだね」




 シエルは困った顔をした。




「ええ、実は」




 わたしは頷く。


 それほど驚きはしなかったが、それは怒っていないという意味ではない。


 腹は立っていた。


 落ちて割れた鉢の欠片が飛んで怪我をする可能性だってある。




 わたしには自力で避けるような反射神経はないが、きっとシエルが庇ってくれるから大丈夫だろう。


 だがそれは、わたしの代わりにシエルが怪我をするということだ。




(シエルが怪我をしたらどうするのよ。可愛い顔に傷をつけたりしたら、許さないっ!!)




 ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じた。




「姉さん、落ち着いて」




 シエルに宥められる。




「自分からケンカを売るのは駄目だよ」




 止められた。












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