第178話 閑話: 機嫌取り




 女性はか弱いので守らなければいけないと、乳母に言われてラインハルトは育った。


 実際、周りに群がってくるのはそんな女性ばかりだ。


 王子である自分の庇護下に入ろうとする。


 その他力本願な姿に、苛立ちを覚えることもあった。


 頼る前に自分で頑張れと思う。




 王子として生まれたからといって、ラインハルトは何の努力もしなかったわけではない。


 人より器用で要領がいいことも自覚しているが、何もせずに手に入れたものなんて一つもなかった。


 王子として相応しい資質を常に求められる。


 そしてそれに応え続けてきた。


 その結果が今だ。


 そんなことも知らず、縋りついてくる相手には嫌悪さえ覚える。




 だかからこそ、誰にも頼らないマリアンヌに惹かれたのかもしれない。


 マリアンヌは自分の足でしっかりと立っていた。


 問題が起こっても、自分で解決しようと努める。


 だが、意固地になっているわけではなかった。


 自分ひとりで無理な時は助けを求める柔軟さもある。


 自分で何でも出来るなんて驕りは持っていなかった。


 マリアンヌのそんなところを好ましく思いながら、頼られないのはそれはそれで寂しい。


 もっと自分を頼って欲しいと、ラインハルトは思っていた。


 自分がそんな風に思う日が来るなんて、少し前まで予想もしていなかった。




「私はそんなに頼りないですか?」




 寝室で2人きりになってから、ラインハルトはそんな言葉を口にする。


 そろそろ寝ようと、2人でベッドに入った。


 横になろうとするマリアンヌをちらりと見る。




「え?」




 マリアンヌはきょとんとした。


 身を起したまま、ラインハルトを見る。




「頼りにしていますよ?」




 首を傾げた。


 語尾に疑問符がつくあたりがなんとも怪しい。




「マリアンヌは基本、何でも自分で解決しようとしますよね?」




 ラインハルトは恨みがましい目をマリアンヌに向けた。




「それはまあ……。そうですね」




 考えた末、マリアンヌは頷く。


 否定できなかったようだ。




「人に任せるより自分でやってしまった方が簡単だと思ってしまうのは、わたしの悪い癖なのでしょうね」




 自覚はあるらしい。


 反省していた。




「私が年下なので、頼りになりませんか?」




 ラインハルトは真顔で問う。




「……」




 マリアンヌは困った顔をした。




「ラインハルト様を年下だと思うことはあまりありませんよ」




 小さく笑う。




「むしろ、年相応以上にしっかりしていて、もっと甘やかしてあげたくなります」




 そう言うと、手を伸ばした。


 よしよしとラインハルトの頭を撫でる。


 ラインハルトは微妙な顔をした。




「こういうところが年下扱いしているといえませんか?」




 拗ねる。




「はははっ」




 マリアンヌは笑った。




「どちらかというと、ここで拗ねることの方が年下っぽいと思います」




 答える。


 ラインハルトはうっと言葉に詰まった。


 その通りなので、言い返せない。


 マリアンヌはくすくすと楽しげな笑い声を漏らした。




「でも、それがラインハルト様の可愛いところだと思います」




 囁きながら、身を寄せる。


 ぺたりとくっついた。


 ラインハルトの腕に胸が当たる。


 ラインハルトはドキッとした。


 ここ数日、2人とも忙しくて何もしていない。


 疲れて、ベッドに横になるとそのまま寝てしまっていた。


 唐突に、ムラッと来た。


 もぞりとラインハルトは身じろぐ。


 その理由に、マリアンヌも気づいた。




「仲良しします?」




 問いかける。


 ラインハルトは苦く笑った。




「機嫌を取っているつもりですか?」




 尋ねる。




「ええ」




 マリアンヌは隠すこともなく、頷いた。




「ご機嫌くらい、取りますよ。夫婦のコミュニケーションは大切ですもの。愛していることは言葉や行動で示さなければ、伝わらないのです」




 小さく笑う。




「家族でも兄弟でも夫婦でも友達でも、思っていることはきちんと言葉にするべきです。黙っていても伝わるだろう、わかってくれるだろうなんて幻想です。自分以外の他者を本当の意味で理解出来る人なんて、一人もいないんですよ」




 言い切った。




「だからわたしはわかりやすくラインハルト様の機嫌を取ります。ずっと仲良しでいたいから。ずっと愛していて欲しいから」




 下からラインハルトの顔を覗き込む。




「それはいけないことですか?」




 問いかけた。




「マリアンヌはずるいですね」




 ラインハルトはため息を吐く。




「答えがわかっていて、聞くなんて」




 困った顔をした。


 それを見て、マリアンヌは目を細める。




「わたし、勝てない勝負はしない主義です」




 ニッと口の端を上げた。


 そんなマリアンヌをラインハルトはゆっくりと押し倒す。


 覆い被さらないように気を遣いながら、マリアンヌの胸に顔を埋めた。




「愛していますよ、ラインハルト様」




 優しくラインハルトの髪を撫でながら、マリアンヌは囁く。


 自分が甘やかされていることをラインハルトは自覚した。










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