第177話 第五部 第三章 7 報告
帰ってきたラインハルトとルイスに、わたしはローキャスターから聞いた話をそのまま伝えた。
母に対して、第二王妃に含みがありそうなことを話す。
その話はルイスもラインハルトも初耳だったようだ。
自分たちが生まれる前の話なので、無理もない。
「その話、信じていいのですか?」
ルイスは疑った。
気持ちはわかる。
先日まで、ローキャスターは敵だった。
だが今日会った彼はすっかり毒気が抜けていた。
自分の失態に凹んでいたようにも見える。
わたしに敵対する気持ちは失せていた。
それを説明する。
「まああれだけやらかしたら、しばらくは大人しくしているしかないでしょうね」
ルイスは納得した。
ドレスの件は気づいていた貴族がちらほらいたらしい。
誰も口には出さないが、いつでも足元を掬えるという空気をローキャスターは感じているようだ。
「それでですね。わたし、一度第二王妃に会ってみようと思うのです」
出来るだけさらりと、何でもないような感じで告げる。
だがその瞬間、ラインハルトの顔はひくついた。
ルイスはこれ以上ないくらい渋い顔をしている。
そんな2人を、シエルはやっぱりという顔で見ていた。
「そんなの、駄目に決まっていますよね?」
ラインハルトは答える。
それはそれは綺麗な笑みを顔に張り付かせていた。
(うわぁ、怒っている)
わたしもつられて笑ってしまう。
「今の話の流れで、どうしてそういうことになるんです? 自分の命を狙っているのが、第二王妃である可能性が高まったという話をしていましたよね?」
笑顔のまま確認された。
「そうです」
わたしは頷く。
「自分を殺そうとしているかもしれない相手と会って話をしようなんて、何を考えているんです? 死にたいのですか?」
ちくちくと言葉が突き刺さってきた。
相当、ご立腹らしい。
そんなラインハルトを見て、ルイスは口を開くのを止めた。
自分の言いたいことは全てラインハルトが言ってくれそうだと思っているのだろう。
ラインハルトの怒りは止まらなかった。
「だいたい、シエルも何のために一緒にいたのです? そんなこと言わせる前に、止めるべきじゃないですか?」
矛先はシエルに向かう。
シエルは気まずい顔をした。
「私達のことを散々、役立たずだと罵倒していましたが、自分も役に立っていないですよね? マリアンヌがそんな馬鹿なことを考える前に止めるのが貴方の役目でしょう?」
ラインハルトはねちねちと責める。
(罵倒なんてしたのか)
わたしは初めて知る事実に、ちょっと驚いた。
相手は義理の兄とは言え、王子だ。
シエルがそんなことをするとは思いもしなかった。
「シエルは悪くないです」
わたしは思わず庇う。
それもラインハルトは気に入らないようだ。
むっとした顔でわたしを見る。
ようやく、作り笑顔が崩れた。
「それにわたしも、別にカモネギになるつもりはありません。危険がないよう、第二王妃様をこちらにお招きするつもりです。わたしが第二王妃様のところに行くわけではありません」
わたしは言い訳する。
「向こうがこちらの招きに乗るとは限らないでしょう? 話をしたければそちらから来いと言われたらどうするんです? マリアンヌは断らず、行きますよね?」
ラインハルトは問うた。
わたしの性格を読んでいる。
(行きますね)
わたしは心の中で答えた。
話が出来るチャンスを逃したくない。
「その場合は一人では行きません」
わたしは首を横に振った。
行くことは否定しない。
「シエルと一緒にですか? 逆効果でしょう」
ラインハルトはやれやれとため息をついた。
「シエルとは行きません。シエルに何かあったら大変ですから。一緒に行ってもらうのは、マルクス様に頼むつもりです」
さすがに息子の前でわたしを殺めようとはしないだろう。
付き添ってもらうなら、マルクスがいいとわたしは思った。
「ああ、それなら」
ルイスは呟く。
悪くない案だと思ったようだ。
だが、ラインハルトは渋い顔をする。
「そこで頼るのはわたしではなく、兄上なのですか?」
子供みたいに拗ねた。
(いや、そういう問題じゃないでしょ)
わたしは心の中で笑う。
そんなラインハルトをちょっと可愛いと思った。
時々、19歳らしいところが顔を出す。
「ラインハルト様では駄目です。シエルとは別の意味で、王妃様の神経を逆撫でするでしょうから。一緒に行くなら、マルクス様が無難だと思います」
わたしはきっぱりと言った。
「でも出来るなら、男の人はなしで、2人で話をしたいと思っています。その方がきっと、言いたいことを互いに言えると思うので」
わたしの言葉に、ラインハルトは考える顔をする。
「マリアンヌが危険を冒す必要が、どこにあるんです?」
問われた。
「ありますよ。だって、犯人が第二王妃様だという証拠、どこにもないのでしょう?」
わたしは問い返す。
証拠があるなら、とっくにルイスもラインハルトも手を打っているだろう。
相手が第二王妃であろうと、ラインハルトの子供を身篭っているわたしに手を出すことは許されない。
国王は迷いなく、第二王妃を切るだろう。
それがわかっていて二人が動かないのは、大事にしたくない以上に確たる証拠がないからだと思った。
第二王妃を糾弾する材料が揃っていないのだ。
「証拠を固めて、第二王妃を糾弾するのには時間がかかるでしよう。わたしはそれを待つつもりはありません」
言い切った。
「それに、今ならまだ何もなかったことに出来ます。わたしは第二王妃様を罪人にはしたくありません」
ローキャスターの話を聞く限り、第二王妃は悪い人ではないと思う。彼女は彼女なりに、幸せになりたいだけなのだ。
ただ、その頑張る方向は少し間違っているかもしれない。
それならやり直せばいいと思った。
生きている限り、人生は何度だってやり直しが出来る。
「自分の命を狙う相手も救いたいのですか?」
ルイスは呆れた。
「救いたいですよ。救えるなら、誰だってどんな人だって全て救いたいです。見捨てたら、夢見が悪いでしょう?」
わたしはルイスに問う。
「自分が切り捨てたことにもやもやするのがわかっているから、自分の心の平穏のためにわたしは全て救いたいんです。誰かのためではなく、わたしのためです」
力説した。
「はあ……」
ラインハルトは大きなため息をつく。
「止めても、無駄なのでしょうね?」
問われた。
恨めしげな目で見られる。
「はい」
わたしは大きく頷いた。
「隠れでこそこそされるより、マシです。好きにしてください」
ラインハルトは諦める。
小さく頷いた。
「ラインハルト様」
ルイスは渋い顔をする。
ラインハルトは小さく肩を竦めた。
「ただし、お茶に招くならこの家で。向こうに乗り込むのは許しません。第二王妃が誘いに乗ってくれるよう、頑張ってください」
さらりと釘を刺す。
「はい」
わたしは素直に頷いた。
だがそれはなかなか難しい。
どうすれば第二王妃がわたしの誘いに乗ってくるのか、いろいろ考えた。
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