第167話 第五部 第二章 3 面影
アントンと話しをしながら、わたしは厨房に向かった。
シエルもメアリもついてくる。
厨房ではクロウが昼食の準備を始めようとしていた。
わたしを見て、挨拶する。
そんなクロウにわたしは声をかけた。
今日の昼食の人数が増えたことを伝える。
国王が来ると聞いて、クロウは小さく笑った。
「何かあったのですか?」
問われる。
わたしは小さく口を尖らした。
周りの反応に不満を覚える。
「どうしてみんな、わたしが何かしたと思うの?」
クロウやアントンを見た。
わたしが何かしたと疑われている気がする。
「それは姉さんが、こちらが思いもしないことをしでかすからじゃない?」
シエルが答えた。
わたしはシエル振り返る。
「何もしていないわ」
反論した。
「しているよ」
シエルは苦く笑う。
「普通の貴族は厨房に入ったりしない。まさか、王族に嫁いでも厨房に出入りしているとは思わなかった」
当たり前のように料理人と言葉を交わすのを見て、シエルは呆れたようだ。
やれやれとため息を吐かれる。
「今さらなことを言うのね。パーティの料理だって、わたしが手配したものだったでしょう?」
わたしは笑った。
その時点で察して欲しい。
「手配するのは厨房に入らなくても出来るんだよ」
シエルは貴族の常識を口にした。
貴族にとって料理を手配するというのは、料理人に命じるという意味だ。
わたしのように厨房に入って、自分で料理を改良しようなんて考えない。
「妃になったら変わるのが普通なのに、本当に姉さんは変わらないんだね」
シエルは苦く笑った。
その顔はどこか嬉しそうに見える。
「変わりようがないわよ。わたしはわたしだもの」
わたしは当たり前のように答えた。
シエルはただ笑う。
わたしはクロウに昼食のメニューの一つとして、焼きおにぎりと焼きとうもろこしを提案した。
作り方を説明する。
握ったおにぎりや茹でたとうもろこしに醤油をつけて焼くだけなのでとても簡単だ。
「それ、国王様に出す料理の話だよね?」
隣で話を聴いていたシエルに確認される。
「そうよ」
わたしは頷いた。
「もっと普通の料理では駄目なの?」
シエルは尋ねる。
焼きおにぎりや焼きとうもろこしでは不安なようだ。
「別にそれしか出さないわけではないわよ。ただ、国王様は目新しいものが好きなようだから。何か変わった一品があった方が喜ぶと思うの」
わたしは同意を求めてアントンを見る。
父親と一緒に国王に仕えていたアントンは国王のことを良く知っていた。
「そうですね」
アントンは頷く。
「見たことがない料理があれば、お喜びになると思います」
同意してくれた。
マスクの件からもわかるように、意外とあのポンポコは新しい物好きだ。
もっとも、マスクの件はわたしへの気遣いが過分に入っていると思う。
国王がマスクをつけて出歩いていたから、マスクへの注目度が高まり、流行に敏感な貴族たちに受け入れられた気がしていた。
わたしとアントンの言葉を聞いて、シエルはそれ以上意見するのを止める。
わたしが危ないことをしないよう、ただ側で見守っていた。
昼食にやって来た国王はにこにことご機嫌だった。
「今日は招いてくれてありがとう」
礼を言われる。
ほぼ強制的に招待させたのに、こちらから招いたようなことを言った。
(面の皮が厚い)
感心してしまう。
「ところで、そちらにいるのは誰かな?」
目敏くシエルを見つけて、紹介しろと強請られた。
「弟のシエルです」
わたしは紹介する。
シエルは名乗って、挨拶した。
その顔を国王はじっと見つめる。
「ああ、なるほど。本当に良く似ているね」
穏やかに微笑んだ。
わたしは内心、驚く。
誰に似ているのかは聞かなくてもわかる。
シエルは母にそっくりだ。
「母をご存知でしたか?」
思わず、聞いてしまう。
国王が母を知っているなんて、考えたこともなかった。
もちろん、今まで母の話題がその口から出たことはない。
「彼女の顔を知らない人間は王都にはいなかったと思うよ」
国王の言葉にわたしはさらに戸惑う。
「そんなこと、誰も言っていませんでした」
嫌な予感を覚えた。
わたしは母が有名だなんて考えもしなかった。
あれだけ美人なのだから、人目を引くのはわかる。
社交界ではさぞ目立っただろう。
だが社交界にデビューして程なく、母は父のところに押しかけた。
そのまま田舎に引きこもり、それ以降、王都の方に足を運んだことはわたしが記憶している限り、ない。
母を知る人は多くないと思っていた。
だが、違ったらしい。
朝、ひそひそと話しをしていた中には年配の人もいた。
その人たちが口にしていたのは、もしかしてシエルのことではなくわたし達の母親のことだったかもしれない。
わたしの見た目に母の面影はほとんどない。
わたしを見て、母のことを思い出す人はいないだろう。
わたしに母のことを話す人はいなかった。
だがシエルは母にそっくりだ。
シエルを見れば、母のことを知る人は母を思い出さずにはいられない。
それが良いことなのか悪いことなのか、わたしにはわからなかった。
だが悪く働く可能性があることにわたしは怯える。
王宮にシエルを滞在させることが良くないことに思えてきた。
(大公家に戻した方がいいかもしれない)
心の中でそんなことをわたしは考える。
だがそんな葛藤はおくびにも出さず、国王を食堂に案内した。
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