第168話 第五部 第二章 4 話し合い



 国王と共に帰ってきたラインハルトと一緒にわたしは食堂まで国王を案内する。


 国王は席に着いた。


 そこにワンプレートの料理が運ばれてくる。


 今日の昼食は大きな皿に少しずついろんなものが盛られていた。


 その中に焼きおにぎりと焼きとうもろこしがある。


 とうもろこしは焼いた後、10センチくらいの長さに切った。


 食べやすいサイズにする。


 その二つから香ばしい醤油の香りが漂っていた。


 国王は興味を引かれたらしい。




「いい匂いがするね」




 わたしを見た。




「醤油の香りですね。おにぎりを焼いた焼きおにぎりと、とうもろこしを焼いたのに使っています」




 わたしは説明した。


 二つを指差す。


 二つとも茶色かった。


 色的にはだいぶ地味だ。




「この色は?」




 不思議そうに国王は首を傾げる。




「それが醤油の色です」




 わたしは教えた。


 説明の途中で国王はフォークを使って焼きおにぎりを一口分、口に運ぶ。




「ほう。これはこれは」




 感心した。




「変わった味がするね。だが、美味い」




 満足な顔をする。




「お口に合って良かったです」




 わたしは微笑んだ。


 美味しく食べてもらえたなら何よりだ。




「米も以前より柔らかい気がするが気のせいかな?」




 意外とポンポコは目敏い。




「気のせいではありません。水車の力で精米しているから、以前よりもっと食べやすい米になりました」




 事実を伝えた。




「なるほど」




 国王は頷く。


 それを見ながら、わたしは自分も食べた。


 本当はフォークなんて使わず、手で持ちたい。


 だがさすがに国王に手を使わせるのはどうだろうとわたしも思った。


 フォークで崩して、口に運ぶ。




(うまっ)




 心の中で感動に打ち震えた。


 だが、感動に浸っている暇はわたしにはないらしい。




「このとうもろこしはどうやって食べるの?」




 国王に聞かれた。




「ナイフとフォークを使って、実を削ってもいいのですが、わたしはこうやって食べるのが一番美味しいと思います」




 とうもろこしの芯の辺りを手で持つ。


 そのままかぶりついた。


 食べ方を教える。


 それにびっくりしたのはラインハルトとシエルだ。




「マリアンヌ?」


「姉さん?」




 2人の驚いた声がわたしを呼ぶ。


 何を言いたいのかはよくわかった。


 だが、やはりとうもろこしは手で持って食べるのが美味しいと思う。




「この場には家族しかいないのだから、多少、お行儀が悪くても許されると思いません?」




 わたしは注意される前に2人に聞いた。




「……」




 シエルはただ困った顔をする。


 ラインハルトはちらりと父王を見た。


 国王はにやにや笑っている。


 面白がっていた。




「なるほど。こうだね」




 手でとうもろこしを持って、かぶりつく。


 一口で止めると思ったら、そのままがぶがぶと食べ続けた。




「これは思ったより美味しいね」




 どうやら、国王は焼きおにぎりより焼きとうもろこしの方が好みらしい。


 確かにとうもろこしの甘さが引き立って美味しかった。




「マリアンヌはいろんなことをするね」




 食べながら、そう言う。


 向けられた眼差しは意味深に感じられた。


 ラインハルトやシエルに緊張が走る。


 わたしも『来た』と思った。




「何かしましたでしょうか?」




 わたしは首を傾げる。




「ローレライの領主と何やら楽しそうな話をしていたよね」




 にこやかに国王は笑った。




(なるほど、そっちか)




 わたしはポンポコの目的がわかって、すっきりした。


 だがラインハルトは渋い顔をしている。


 意味がわからないシエルは不安そうだ。




「楽しそうなのかはわからないですが、このまま何もしなくていいとは思いません。バランスを取るつもりなら、フェンディ様を東地域に派遣するのが一番簡単だと思ったのです」




 わたしは説明する。




「ついでに、東地域の経済改革もすればいいと? マリアンヌは欲張りだね」




 国王は笑った。




「王子を派遣しておきながら何の成果も上がらなければ、その方が問題になるでしょう。米の市場価値を上げる努力と、生産性を上げるくらいのことはしてもらってもいいのではないですか? 東地域が豊かになるのはいいことだと思います」




 わたしは答える。




「それをしたいなら、マリアンヌが自分でするのはどうだい? 米についてはフェンディより詳しいだろう?」




 話を振られた。


 しかし、それを受けるつもりはない。




「わたしでは駄目ですよ」




 首を横に振った。




「貴族たちに大事なのは、王族の看板です。わたしは王族ではないので、駄目です。王族が自分たちのことを気にしてくれている。ただそれだけで、気分はだいぶ違うのです。それに、一年の半分くらいローレライに住むのはフェンディ様にとっても悪い話ではないと思います。たまに会うくらいの方がお妃様たちとも上手く付き合えるのではありませんか? ……まあそれは余計なお世話ですが」




 わたしの話をにこにこしながら国王は聞いている。


 何を考えているのかいまいち読めなかった。




(やはり狸だな)




 わたしは心の中でため息をつく。




「マリアンヌは本当にいろいろ考えるね」




 にこにこ笑いながら、国王は呟いた。




「そんなに頑張るのは何のためだい? 東地域の貴族を味方につけて、何をする気かね?」




 問われる。


 ラインハルトは眉をしかめた。


 その場に緊張感が走る。


 わたしはふっと笑った。




「何も」




 静かに首を横に振る。




「貴族を味方につけるつもりはありません。わたしが心配しているのは、貴族よりそこで暮らす領民です。貴族でギリギリの生活ということはその領地で暮らしている領民はもっとギリギリの生活をしていることでしょう。わたしが心配なのはそちらです。領民の不満が溜まって、打倒貴族とか妥当王制の気運が高まったりしたら大変です。わたしは革命が起こって首を切られるつもりはさらさらないのです。だから、みんなが豊かで平和な国を目指します」




 わたしの答えに、ラインハルトやシエルはぽかんとした。


 わたしがそんなことを考えているなんて思っていなかったらしい。




「首を切られるなんて、怖いことを言うね」




 国王は苦く笑った。




「怒れる民衆は怖いのですよ、国王様」




 わたしは真っ直ぐ国王を見る。




「……」




 しばらく、国王は黙していた。


 気まずい時間が流れる。


 ラインハルトやシエルの顔が青ざめるのが見えた。




「そうか。わかった」




 国王は静かに頷く。




「では、マリアンヌの言うとおり東地域のことはフェンディに任せてみることを検討しよう。だが、マリアンヌにも手伝って貰うことになると思うよ」




 国王の言葉にわたしは頷いた。


 まったく無関係でいられるとは思っていない。


 それでわたしと国王の間の話し合いは終わった。


 しかしそれを見守っていたラインハルトやシエルの顔は青ざめたままになっている。




(後で怒られそう)




 わたしは苦く笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る