第50話 第二部 第四章 4 可愛い王子





 わたしはラインハルトより一足早く、小屋を出た。


 畑に回りこむ。




(ちょっと不自然かも)




 そう思ったが、気にしないことにした。


 小屋で何をしていたか聞かれたら、農機具の説明をしていたとでも答えておこうと決める。


 畑にはみんないた。


 ルークやユーリが初めて見た畑に興奮して、走り回っている。


 きっと野菜が実っているのを見たのも初めてだろう。


 そもそも、調理前の野菜なんて二人は見たこと無いかもしれない。


 そんな二人とは別に、もう一人畑に興味津々な人がいた。


 マルクスが興味深そうに野菜の苗を見ている。


 本当に草花が好きなようだ。


 畑に王子様がいる姿はなんとも不思議な光景に見える。


 今日はもちろん、庭師の格好はしていなかった。


 王子様っぽくキラキラしている。




(本当に王子様なんだな)




 当たり前だが、そんなことを思った。


 ラインハルトに比べたら地味な印象があるが、王子様は王子様だった。




(畑がマジで似合わない)




 心の中で苦笑する。


 シエルはマルクスにいろいろ質問されて、答えられなくて困っていた。


 たまに手伝ってくれるが、シエルはあまり畑に興味がない。




「シエル」




 わたしは声を掛けた。




「姉さん」




 シエルは振り返る。


 助かったという顔をした。




「マリー」




 走り回っていたルークとユーリがわたしに向かって飛びついてくる。


 わたしは二人を受け止めた。




「いらっしゃい」




 ぎゅーと抱きしめる。


 きゃっときゃっと楽しげな声をあげる姿に癒された。


 ほんわかしていると、シエルが渋い顔をする。


 小屋から出てきたラインハルトを見たようだ。




「小屋なんかで何をしていたの?」




 当然の質問をされる。




「農機具を見たことがないというので、説明していたのよ」




 わたしは誤魔化した。


 本当のことは言えるわけがない。




「何か珍しいものがあるんですか?」




 マルクスが食いつく。


 興味があるようだ。


 意外と好奇心が旺盛らしい。




(やっぱり、本当に畑とか庭に興味があっただけなんじゃ……)




 そう思ったが、ラインハルトの視線が痛かった。


 案内して二人きりになるのは不味そうだ。


 だが他には農機具に興味がありそうな人なんて一人もいない。


 アルフレットとルイスの兄弟にいたっては、全く関心がないのかまるわかりだ。




「後で案内しますね」




 そう言う。


 本当に興味があるなら、もっとちゃんと説明できる人に説明してもらった方がいい。


 私はなんとなく使っているだけだ。


 使いこなせていない自信がある。


 アークが手の空いた時にでも頼めないかななんて考えた。




「子供たちと畑の作物を収穫してから帰りますから、大人の皆さんは先に屋敷に帰っていてください」




 纏めて追い返そうとしたら、マルクスに自分も収穫してみたいと強請られた。




(それはそうだよね)




 わたしは内心、納得する。


 農作業に興味があるんだから、当然、収穫はしてみたいだろう。




「じゃあ、マルクス様は残ってください。他の大人は邪魔なので、みんな帰ってくださいね」




 全員の面倒なんて見られないので、勝手に決めてしまう。


 頼むから帰ってと思いながらラインハルトを見た。




「まあ、いい」




 目が合ったラインハルトは納得してくれる。




「戻るぞ、ルイス」




 ルイスに声を掛けた。




「アルフレットも戻っていてくれ」




 マルクスはアルフレットに言う。


 アルフレットは一瞬、迷う顔をした。


 だがこんな田舎で危険なことはさすがにない。


 まして、畑と屋敷は徒歩十分しか離れていなかった。




「わかりました」




 納得する。


 みんなと一緒に屋敷に戻って行った。


 押し付けられたシエルは恨めしげな顔でわたしを見たが、わたしは頑張ってと手を振る。


 わたしが世話していた時より明らかに元気な野菜たちを見た。


 子供たちやマルクスと一緒に食べごろのものだけを収穫する。


 子供たちはしゃいでいたが、それ以上にマルクスが嬉しそうだった。


 自分で収穫した野菜に感動している。




「今度、王宮の庭にも野菜を植えてみたらどうですか?」




 広いのだから、少しくらい野菜にスペースを分けてくれてもいいと思った。




「そんなこと、出来るのだろうか?」




 マルクスは不安な顔をする。


 わがままに一つ言わずに育った、大人しくて優しいいい子のようだ。




「聞いてみなければ、いいも悪いもわからないでしょう? 聞くだけ聞いたらいいんですよ」




 わたしは簡単なことのように言う。




「ただし、直接国王様に言う方がいいと思います」




 他の人には却下される気がした。


 野菜を植えたいと言って、喜んでくれるわけはない。


 前例がないと言われそうだ。




「そうしてみるよ」




 マルクスは嬉しそうな顔をする。


 わたしも嬉しくなった。




「もしいろいろ興味があるなら、農家の友人に教えてくれるようにお願いしてみましょうか? わたしより、詳しいので勉強になると思います」




 わたしの言葉に、マルクスは目を丸くする。




「農民に友人がいるのか?」




 驚いた顔をされた。




(そっちか)




 マルクスが驚いたことにわたしは驚く。


 だが、王子様に農民の知り合いがいるわけがなかった。




「いますよ。小さい頃から知っている、頼りになるいい子です」




 わたしはちょっと自慢する。




「私とも友達になってくれるだろうか?」




 マルクスは真顔でそんなことを言った。




(え? 何、この生き物。可愛い)




 わたしはきゅんとしてしまう。




(そうか~。王子様は友達が欲しいのか。可愛いな。それは何とかしてあげたいな)




 わたしの中のお節介スイッチが押されてしまった。




「そうですねぇ」




 わたしは少し考える。


 さすがに王子様だと正体をばらすのは不味いだろう。


 だが逆に、ただの貴族ぐらいだったらなんとかなるのではないかと思った。


 幸い、アークはちょっと貴族の相手をするのに慣れている。




「王子ってとこだけ隠しましょう。ただの貴族ということで」




 わたしはマルクスに提案した。




「おおっ」




 マルクスは嬉しそうな顔をする。




「明日、話をしてみますね」




 わたしはマルクスに約束した。












 わたしは子供たちと4人で収穫した野菜を持って、家に帰った。


 家では足りない部屋数をどうするか父が悩んでいる。


 田舎なので、近くに宿もなかった。


 屋敷に泊ってもらうしかない。


 シエルとわたしと父とで相談した結果、王子たちには一人一部屋使ってもらうことにした。


 残りの客室は一つなので、シエルが自分の部屋を空けて提供するという。


 アルフレットとルイスに子供たち一人ずつと二人でベッドを使ってもらおうということになった。


 しかしその話をルークとユーリにすると、一人づつ離れるのは嫌だから、二人一緒がいいと言われてしまう。


 二人で客室のベッドを一緒に使うことになった。


 それではアルフレットとルイスが一緒のベッドで……と提案すると、ルイスに即答で断られる。


 ラインハルトの部屋のソファで、一人で寝ると言われた。


 アルフレットと二人は気まずいらしい。


 結局、シエルの部屋はアルフレットが一人で使うことになり、それならシエルと二人で一緒に寝ればいいということで話は纏まった。


 なんだかんだいってアルフレットとシエルは仲良くなっている。


 ラインハルトは部屋の数が足りないと聞いて、何かを言いかけた。


 だが、父の視線を感じて止める。


 わたしはラインハルトが言い出しそうなことの想像がついていたので、ほっとする。


 婚約者なので一緒の部屋でいいと言い出しかねなかった。


 だがさすがにそれは父の前では言えなかったらしい。




(そういえば、お父様に挨拶するとかいう話はどうなったのかしら?)




 ちょっと気になったが、今は止めておく。


 それそれの部屋に荷物を運んだり、滞在する準備を整えるのが忙しかった。




(家に帰ってきたのに、のんびりできない)




 わたしは心の中でぼやく。


 だが疲れているのはわたしより父やシエルの方かもしれない。




「なんかごめんね」




 わたしは二人に謝った。






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