第49話 第二部 第四章 3 デート2




 混乱したわたしはとりあえず逃げようとした。


 だが片手を繋がれたわたしに逃げ道はあるはずがない。


 手を引かれ、逆に腕の中に抱きしめられた。


 間近にラインハルトの顔がある。


 ラインハルトは楽しそうな顔をしていた。


 いつも以上にキラキラオーラを放っている。




(いやいやいや)




 心の中でわたしは叫んだ。




(その他大勢のわたしには刺激が強すぎますって)




 ドキドキする。




「ラインハルト様、ちょっと落ち着きましょう」




 わたしは宥めようとした。




「とりあえず、10数えてみましょうか?」




 自分でも何を言っているのかわからないが、とりあえず時間を稼ごうとする。


 落ち着いてもらおうと考えた。




「イーチ、ニー、サー……」




 勝手に数を数え始めたわたしの口はラインハルトの唇に塞がれてしまう。




「!!」




 するりと舌が口の中に入り込んできた。




(しまった)




 そう思ったけれど、もう遅い。


 わたしは抗うのを諦めた。


 突き放そうとしてラインハルトに触れていた手から力を抜く。




 覚悟が出来ていないだけで嫌なわけではない。


 ラインハルトと結婚することは納得していた。


 それは子作りを前提という生々しいもので、当然、そういう意味だとわかっている。




 大人しくなったわたしに気づいたのか、ラインハルトは逃がさないように抱きしめていた手の力を緩めた。


 優しく包み込むように抱きしめられる。


 それはそれで恥ずかしくて、やっぱりわたしは逃げたくなった。




 唾液の濡れた音が生々しく小屋に響く。


 満足するまで、ラインハルトはキスを止めなかった。


 覚悟を決めたわたしもそれに付き合う。


 今回の人生では初めてだが、前世から数えれば初めてではなかった。


 積極的に応えるわけではないが、おずおずとラインハルトに応じるくらいは出来る。


 口の中に流し込まれた唾液を飲み込むと、唇が離れた。




(最初からディープ過ぎませんか、王子様)




 わたしは心の中で文句を言った。




「……」




 ラインハルトにじっと見つめてくる。


 とても気まずかった。




「待ってくださいって言ったのに」




 わたしは恨めしげにラインハルトを見る。


 文句を言うことで誤魔化した。


 でもきっと、顔は赤いだろう。


 ラインハルトはにやにや笑っていた。


 そんな顔をしても、何故か王子様は爽やかだ。




(主役力、半端ない)




 わたしは妙な感心をする。


 ラインハルトはくすくすと笑いながら、わたしの頬や耳元に触れるだけのキスを繰り返した。




(こらこら。一気に距離を詰めすぎですよ、王子様)




 わたしは困惑する。


 逃げたいが、逃げてはいけないのもわかっていた。


 どうやってラインハルトを止めようか、迷う。


 すると外が騒がしくなった。


 遠くに子供の声が聞こえる。


 ルークとユーリの声だろう。


 庭にいたみんながぞろぞろと畑の方に移動して来たに違いない。




(助かった)




 わたしはほっとした。




「人が来たので、今日はここまでということで」




 ラインハルトの身体をやんわりと押す。


 腕の中から逃げようとした。




「助かったって思っていますね」




 ラインハルトは苦笑する。




(ええ。思っていますとも)




 わたしは心の中で大きく頷いた。


 だが、口では否定する。




「そんなことないですよ。あはははは」




 乾いた笑いを漏らした。




「まあ、今日はこれでいいとしましょう。続きはまた明日ということで」




 にっこりとラインハルトは微笑む。


 繋いでいた手を離してくれた。


 わたしはすすっとラインハルトと距離を取る。




「続きがあるんですか?」




 気が緩んで、うっかり聞いてしまった。


 スルーすれば良かったことに後で気づく。


 余計なことを聞いてしまった。




「ええ。もちろん」




 爽やか過ぎる笑顔でラインハルトに微笑まれた。




(あっ。この顔、好き)




 自分がただの面食いだということを自覚して、ちょっと凹む。


 ラインハルトの顔はどうもわたしのツボに嵌まるようだ。


 嫌いになれないので困る。




「どうやら、婚約しても安心出来ないようなので。ここにいる間に心身ともに私のものになってもらい、さっさと結婚してしまいましょう」




 不穏なことをさらりとラインハルトは言い放った。


 わたしはただ笑うしかない。




(その安心出来ない理由はマルクス様の件とかですよね?)




 それはわたしの意図したところではないので、なんとも困る。


 ラインハルトの兄弟とは仲良くした方がいいとは思っていた。


 だが、第二王子と仲良くなったのは偶然だ。


 わたしだって、まさか王子様が庭師の格好をしているとは思わない。




(でも、国王と会わせてくれたのはマルクス様だし。わたしとラインハルトのことを応援してくれている気がするんだけどな)




 好意は持たれていると思うが、それが恋愛感情とは思えなかった。


 だが、そう言い切る根拠もない。




「それに関しては保留と言うことで。わたしにも都合はあるので、それは考慮してください」




 わたしは頼んだ。


 ラインハルトは駄目とは言わない。


 了承もしないけれど、紳士な王子様は無体なことをしないだろう。


 そう信じたかった。




「ところで、確認するのを忘れていましたが。婚約と結婚は別ですよね? ということは、もしかしてわたしたちはいつ結婚するとかそういうのを相談しなければいけないのではないですか?」




 わたしは今さらなことに気づく。




「そうですよ。だから、追いかけてきたのです」




 その言葉に、わたしは改めて申し訳なくなった。


 国王に会って婚約が成立したことで、わたしは完全に一仕事終えた気分でいた。


 家に帰ることしか考えられなくなる。


 そう言えば、アルフレットにも帰ってもいいのかと確認された気がした。


 その時は何故そんなことを言われるのかわからなかったが、 そういう意味だったのだろう。




「それは本当にすいません」




 わたしは深く反省する。




「いいですよ。おかげで、煩い監視の目もなく、楽しくマリアンヌと過ごせそうだ」




 意味深な言い方をされた。


 何て返そうか迷っていると、外から呼ぶ声が聞こえる。




「姉さーん。どこ~?」




 姿が見えないわたしのことをシエルが探しているようだ。




「今、行くわ」




 返事をして、小屋を出ようとする。


 だが、ラインハルトに手を掴まれた。




「マリアンヌ。返事は?」




 問われる。


 わたしは困った。


 少し考えて、ラインハルトに近づく。




 チュッ。




 自分から、ラインハルトの頬に触れるだけのキスをした。


 そんなことをされるとは思っていなかったようで、ラインハルトは驚く。


 握られた手が放された。




「考えておきます」




 わたしは小さく笑った。






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