第48話 第二部 第四章 2 デート





 わたしはとりあえず、ラインハルトとルイスを庭に連れて行くことにした。


 歩きながら、状況をきちんとルイスに確認する。


 それによると、発端はわしたしがさっさとランスローに帰ったことらしい。


 わたしが大公家に戻った日、ルイスは仕事で家に帰れなかった。


 戻れたのは翌日の昼過ぎらしい。


 そして、わたしがその日の朝早々にランスローに帰ったことを知った。


 ルイスは困る。


 結婚が決まったわたしにはいろいろ準備があった。


 だがランスローに帰ったわたとしは簡単に連絡が取れない。


 とりあえず、ラインハルトに事実を伝えた。


 それを聞いたラインハルトはわたしを追いかけてランスローにいくことを決める。


 大急ぎで準備が始まった。


 その騒動をたまたまマルクスが耳にしたらしい。


 ラインハルトがランスローに行くなら自分も一緒に行きたいと言い出した。


 そのマルクスにアルフレットが同行することになる。


 アルフレットは旅の用意をするために家に帰った。


 ルークとユーリがそれに気づく。




 ランスローに行くことを知って、ごねだした。


 結局、大人数で移動することになる。




(わりとわたしのせいかもしれない)




 話を聞いて、そう思った。


 ルイスの責めるような目も納得できる。


 だが、終わったら家に帰るとわたしは初めから言っていたはずだ。




「わたし、家に帰るって初めから、何度も言っていましたよね?」




 ルイスに確認する。




「家のことだと思ったんだ」




 ルイスは憮然とした。


 大公家のことだと思ったらしい。




(あそこはわたしの家ではないですよ)




 心の中で反論したが、それを口にするのは躊躇われた。


 言わない方がいいことなのはわかる。


 そしてもう一つ、私には気になることがあった。


 ちらりとラインハルトを見る。


 私がルイスと話している間、ラインハルトはずっと黙っているた




(不自然すぎる……)




 どう対応するべきか迷う。


 ラインハルトは怒っているように見えた。


 だが、わたしにはラインハルトが怒る理由がわからない。


 正確に言えば、心当たりがありすぎてどれのことがよくわからなかった。




「ラインハルト様?」




 迷った挙句、わたしは声をかける。


 足を止めた。


 ラインハルトも立ち止まる。


 ルイスもラインハルトを見た。


 黙りこんでいることに気づいていたらしい。




「……」




 ラインハルトは黙ったままわたしを見た。




「怒って……らっしゃいますよね?」




 わたしは躊躇いつつ、尋ねる。




「……」




 返事はなかった。




(ううーん。面倒くさい)




 そう思ったが、そう思ってはいけないことなのはわかっている。


 ここで諦めたら、人間関係は成り立たない。


 対話は大事だ。




「とりあえず、怒っている理由を教えてください」




 わたしは素直に頼む。




「心当たりは?」




 ラインハルトは尋ねた。




「ありすぎてわかりません」




 私は首を横に振った。




「はあ」




 ラインハルトはため息をつく。


 憂いを帯びた顔も綺麗なのだから、王子様はずるい。




「私に黙って帰ったこと。いつの間にか兄とずいぶん親しくなっていること。ルイスとばかり話して私のことを無視していること。数日振りに会えたのに、私と二人の時間を作ろうとしないこと。……さて、どれだと思う?」




 問われて、私は小さくなった。


 申し訳ない気持ちで一杯になる。


 羅列されると、わたしはかなりひどい女だ。




(そんな女とは付き合わない方がいいですよ)




 第三者なら確実に付き合いを止めているだろう。




「全部ですね」




 答えた。




「……」




 ラインハルトは正解とも不正解とも言わない。


 わたしは少し考えた。




「とりあえず庭に行くのは止めて、二人で散歩でもしますか? 近くにわたしの畑があるので、見せてあげます」




 わかりやすく機嫌を取ることにする。


 だが、ラインハルトが喜んでくれることなんて、わたしは何も知らない。




(19歳の男の子って何が楽しいの? どんなことがしたい年頃なんだろう?)




 考えてもわたしにわかるはずがなかった。


 わからないから、対話が必要なのだろう。


 もっとたくさんラインハルトと話をしようと決めた。


 いろいろありすぎて、ラインハルトのことを後回しにしすぎたことを反省する。




「そうだな」




 ラインハルトは頷いた。


 とりあえず、わたしの提案はお気に召したらしい。




「では、庭にいる人たちに見つからないよう、そっと屋敷を出ましょう」




 わたしは手を差し出した。


 シエルとよく手を繋いで歩いていた癖で、なんとなくそうしてしまう。


 ラインハルトが驚いた顔をしたのを見て、普通の女性は手を差し出さないことに気づいた。


 気まずい顔で手を引っ込めようとする。


 だがその手をラインハルトに掴まれた。


 そのまま指を絡めるように握られてしまう。




「行こう」




 機嫌が治ったようで、ラインハルトは自分から歩き出そうとする。




「こっちです」




 わたしは笑った。


 方向が違うと教える。




「ルイスは……」




 わたしはルイスを振り返った。




「私は庭でアルフレットたちと合流します」




 自分のことは気にしなくていいとルイスは言う。




「では、また後で」




 わたしは頷いて、ラインハルトの手を引いた。












 のんびりと田舎道を歩きながら、わたしは久しぶりに見た長閑な光景に癒されていた。


 留守にしていた間に、道の左右の畑に作物がいろいろと実っている。


 自分の畑がどうなっているのか、気になってそわそわしてきた。


 そんなわたしをラインハルトは不思議そうに見る。




「どうした?」




 問われた。




「自分の畑が気になっただけです」




 わたしは答える。




「トマトはもう終わったかもしれないので、今は何が実っているかしら?」




 わくわくしているわたしを面白そうにラインハルトは見た。




「楽しそうだな」




 その言葉にわたしはふっと笑う。




「ラインハルト様にとっては、何もない田舎に見えるでしょう? でもわたしにとっては何でもある場所なんです」




 わたしは遠くの景色を眺めた。


 山があり、森があり、川があり。


 遠くまで続く農作地があり、この土地はとても豊かだ。


 季節ごとの作物がどこかしらで実っている。




「この国が豊かなのは平和だからです。こういう平和な日常を守ってくれるのが王様なので、わたしは今の王にも次の王にもその次の王にも、頑張ってもらわないと困るのです」




 わたしの言葉にラインハルトは苦笑した。




「しれっとプレッシャーをかけてくるが、次の次の王は自分の息子だぞ」




 その言葉に、3年以内に男子を産むことを約束させられたことを思い出す。




「あー……。約束、させられましたね」




 わたしは渋い顔をした。




「あのだまし討ちのようなやり方。人の良さそうな顔して、意外に腹黒いですね」




 わたしはため息をつく。


 小さく笑った。




「でもまあ、それくらいでなければ国王なんて務まらないのでしょうね」




 納得していると、ぎゅっと強く手を握られた。


 不思議に思ってラインハルトを見ると、真面目な顔をしている。




「父上とはいつ話をしたんだ?」




 問われた。




(まあ、何かあったと思うよね。普通は)




 わたしは驚かない。


 聞かれるとは思っていたので、冷静だ。




「話していません」




 否定する。


 どこで会ったのか、どうして会えたのか、説明するわけにはいかなかった。


 マルクスと親しくなりすぎていると叱られたばかりなのに、彼に教えられたとは言い難い。


 ラインハルトもわたしに答える気がないことは察しているようだ。




「そろそろ、畑に着きますよ」




 わたしは話題を変えるように、ラインハルトの注意をそちらに向ける。




「そこに見える小屋がわたしの使っている作業小屋です」




 説明すると、ラインハルトが興味を持った。




「中に入れるのか?」




 問われる。




「入れますよ。中も見たいですか? 特別なものは何も置いてないですけど」




 わたしが答えると、ぜひ入ってみたいと言われた。




「いいですよ」




 了承し、わたしは作業小屋にラインハルトを案内する。


 小屋に置いてある荷物はわたしの着替えと農機具関係が多かった。


 しかし家具も少しはある。


 最終的にこの家で暮らすつもりでいたので、椅子やテーブルもあるし、粗末だがベッドもあった。


 農作業で疲れた時は横になって休んだり昼寝をすることもある。


 わりと使っているので使用感があった。




「どうしてベッドがあるんだ?」




 追求される。


 わたしはここに住むつもりでいたことを説明した。


 そのための必要最低限のものはある。




「ここに住むのか?」




 ラインハルトは普通に驚いた。




(うんうん。王子様なら驚くよね)




 心の中でわたしは納得する。


 予想通りの反応がちょっと嬉しかった。




「最低限必要なものは揃っているので、暮らそうと思えば暮らせますよ。人間、その気になればどこでも生きていけるんです。食べ物さえあれば、どうにでもなります」




 わたしは力説した。




「さて、そういうことでここでもお茶くらいなら淹れられるので、ラインハルト様は椅子に座って待っていてください。今、水を汲んできますから」




 ラインハルトに椅子を勧める。


 ついでに、ずっと繋いでいる手をそろそろ離して欲しかった。


 さすがにちょっと恥ずかしい。




「いや、いい」




 ラインハルトは首を横に振った。




「茶はいらない」




 断る。




(ううーん、失敗)




 当然、手は離してもらえなかった。




「それより、せっかくベッドがあるのだから使おう」




 しれっと涼しい顔でとんでもないことを言い出す。




「はい?」




 一瞬、聞き間違えたかと思って聞き返してしまった。




「ベッドかあるのだから、使おうと言ったんだ」




 ラインハルトはご丁寧に繰り返す。




「……」




 わたしはフリーズした。


 キャパオーバーで機能を停止したらしい。


 そんなわたしに構わずラインハルトは顔を寄せてきた。


 さすがにキスされるのはわかったので、逃げる。


 背を逸らして、避けた。




「マリアンヌ」




 ラインハルトは冷たい目でわたしを見る。




「これがデートだという自覚はありますか?」




 問われた。




「えっ?」




 思わず、声が洩れる。




(デートだったのか)




 心の中で呟いた。


 考えてみると、二人で手を繋いで歩くことはデートと言えなくもない。


 だがその自覚はなかった。


 しかし、それを認めるのはたぶん不味い。




「もちろん、あります」




 取り繕った。




「それは良かった」




 にこりとラインハルトは微笑む。


 その笑みは気のせいでなく、黒かった。




(不味い。選択を誤ったかも)




 わたしは自分の失敗に気づく。


 ここは気づかなかったことを正直に認めて、逃げるのが正解だったようだ。




(えーと、どうしよう)




 わたしは軽くパニックを起した。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る