第44話 第二部 第三章 3 花の園



 人の良さそうなおじいさんに見えたのに、国王は曲者だった。


 一筋縄ではいかない。


 次の日、ラインハルトはどうにかして父王と会おうとした。


 わたしと二人での面会が通らないならと、一人で面会を求める。


 だが、それものらりくらりと交わされた。


 逃げられているらしい。


 ラインハルトはわたしを気遣って度々部屋に顔を出してくれるのだが、その顔に徐々に焦りが見えた。


 早く帰りたいわたしのために、頑張ってくれているのがよくわかる。


 それを見て、わたしは覚悟を決めた。


 長期戦になるなら、それはそれで仕方ない。


 人と人がわかりあうのはそれほど簡単なことではないのだから。


 でもその場合は、家に帰って通おうと決めた。


 長期戦になるほど心象が悪いなら、今さら家に帰ったくらいで何かが変わるとは思えない。


 そう考えると、ちょっと気持ちが楽になった。


 とりあえず三日はここで頑張り、駄目なら家に帰ると勝手に心に決める。


 だらだら時間をかけるつもりがないのは変わらなかった。


 それで駄目なら、その時のことはその時に考えよう。








 今のところ、待つことしか出来ないわたしは許可を貰って庭を散策することにした。


 お妃様レースで荒らされた庭のことが気にかかっている。


 どうなっているのか確かめるために足を運んだ。




「うわぁ」




 思わず、声が洩れる。


 荒らされた庭は綺麗に元に戻っていた。


 丁寧に手入れがされている。


 庭師の優秀さに感心した。


 さすが王宮の庭を任されるような庭師だ。


 腕は一流らしい。


 話をしてみたいと思った。


 わたしも家の庭の花を手入れしている。


 田舎にはいい庭師は数が少ないので、自分で手入れするしかなかった。


 ぜひ、アドバイスが欲しい。


 どこかに庭師はいないかと、散策しながら探した。


 薔薇の花のところに一人、見つける。


 パチンパチンと小さな鋏の音が聞こえた。


 どうやら、棘を切っているらしい。


 その薔薇は通路の面しているので、触ると危ないのだろう。


 細かな気遣いに感動した。


 面倒な作業も手を抜かない姿にも感嘆する。




「薔薇の棘を切っているのですか? 大変ですね」




 わたしは声を掛けた。


 庭師に寄っていく。




「先日、荒らされた庭がもう元通りなのも凄いです」




 向けられたままの背中に、誉めた。


 だが庭師は振り返ってもくれない。




(なんで無視するんだろう?)




 わたしは疑問に思った。


 だが、これくらいでわたしは折れない。


 どうしても庭師と仲良くなりたかった。




「さぞ、大変でしたでしょう?」




 労いながら、庭師の横に並ぶ。


 その顔を覗き見た。




「!!」




 自分の大きな勘違いに気づく。




「あっ……」




 思わず、声が洩れた。


 気まずくなる。


 相手も気まずい顔をしていた。




「失礼しました」




 わたしは謝る。


 そこにいたのは庭師ではなく、第二王子のマルクスだった。




「いや、私の方こそ。こんな格好で失礼する」




 王子に謝られた。


 わたしは自分が勘違いした理由に気づく。


 マルクスはシンプルなシャツと汚れても平気そうなズボンを穿いていた。


 庭師がよくする格好で、おそらく、マルクスはこれを着て日常的に庭の手入れをしているのだろう。


 シャツにもズボンにもよく洗濯されているが着古した感じがあった。




(第二王子の趣味が庭弄りなんて情報、ルイスは書いていなかった)




 わたしは心の中でぼやく。


 実はルイスは私のために、簡単な王族紹介文書を作ってくれた。


 それぞれの王子やその家族の名前。


 簡潔な紹介文が載っている。


 それを覚えておくように言われた。


 一通り目を通す。


 ざっくりとしかまだ見ていないが、さすがに二人の王子のところくらいはきちんと読んだ。


 第二王子のところには確か、物静かで争いを好まない性格と書いてあった気がする。


 他に特筆されていたことはなかった。




(いやいや。漠然とした性格のことより、植物が好きで日常的に庭の手入れをしている方が特徴的でしょう。そっちを書いておいてよ)




 心の中でルイスに文句を言う。




「薔薇がお好きなんですか?」




 黙っているのも気まずいので、話を振ってみた。




「いや……」




 マルクスは小さく笑う。




「薔薇は棘があるからあまり好きではない。だが、手入れをしないと危ないだろう? この庭は子供たちが遊ぶこともあるから」




 優しい顔立ちによく似合った優しい口調で説明してくれた。


 そう言えば第一王子も第二王子も既婚者で子供がいる。


 どの子もまだ幼かった。




(なんかほわほわする人だな)




 話しているとまったりとした気分になる。




「お手伝いしましょうか?」




 何気なくそう言った。




「え?」




 マルクスは驚く。




「わたし、こう見えて植物のお世話は得意なんです。一番得意なのは畑で野菜を育てることですけど。家の庭にはたくさん花が植えられているので、その世話もしているんです」




 にっこり笑って説明した。


 正直、わたしは実がなる植物にしか興味はない。


 だが、母は花が好きだった。


 母のために花の手入れを覚えたので、実は農作業より庭の手入れ歴の方が長い。


 たいていの花なら対応可能だ。


 わたしの言葉を聞いて、マルクスはふっと笑う。




「そう言えば、花壇を守ってくれたのも貴女でしたね」




 そう返された。




「あの花壇もマルクス様が手入れしていたのですか?」




 心当たりは一つしかないので、予選の二日目に掘り返されそうになっていた花壇のことだろう。




「ええ。ラインハルトが止める前に、止めてくださったとか」




 礼を言われた。


 にこにこと微笑まれて、わたしもににこにこ笑う。




「お花、無事で良かったですね」




 そう言うと、花が咲いたような笑みが返ってきた。




(おおっ、美人。控え目で物静かなイメージがあるけど、さすが王子様。ラインハルトに負けず劣らずキラキラしているわ)




 妙なことに感動しながら、わたしは借りた鋏で薔薇の棘切りを手伝う。


 とても面倒な作業に、途中で手伝いを申し出たことを後悔した。


 だがマルクスが黙々と続けるのでわたしも止めるわけにはいかない。


 おかげで持て余していた時間はだいぶ潰れた。








 終わった後にお茶に誘われたが、あまり部屋を留守にするのもよろしくないと思ったので、今回は辞退する。


 また今度誘ってくださいというと、ぜひにと言われた。


 仲良くなれたことを嬉しく思いながら部屋に戻ると、ルイスがいる。


 わたしを待っていた。


 第二王子と親しくしていたことがもう耳に入ったらしい。


 見張りをつけていたのかと一瞬戦いたが、よく考えれば第二王子が王宮の庭とはいえ護衛もなしにうろうろしているわけがない。


 わたしからは見えなかったが、護衛の人間や側近はどこかに控えていたのだろう。


 ルイスの耳に直ぐ入ったことから考えると、アルフレットあたりがいたのかもしれない。


 ルイスには勝手に親睦を深めるなと叱られた。


 わたしの立場はまだ不安定で、余計な憶測を招くようなことはするなと注意される。


 自分に非があると思ったので、わたしは素直に謝罪した。



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