第43話 第二部 第三章 2 スタートライン



 帰れないことを渋々ながら納得したわたしは客間のような部屋に案内された。


 自由に使っていいと言われる。


 部屋の内装は豪華だった。


 こんなに煌びやかでなくていいのにと思ったが、たぶん、質素な部屋なんてないのだろう。


 ちなみに、ラインハルトの部屋とは遠いようだ。


 不便だとラインハルトは文句をつけたが、ルイスは聞き流す。


 わたしは王宮の内部構造が全然わかっていないので、いいも悪いもなかった。


 ただ、ここにきてどっと疲れを感じた。


 考えてみれば昨夜は野宿だ。


 お妃様レースが一泊二日コースなんて予想もしていなかったので、体力も気力ももう限界に近い。


 眠りたかった。


 特に用事がないなら部屋で休みたいと申し出る。


 ルイスがあっさり許可をくれたので、休むことにした。


 靴だけ脱いで、ベッドに上がる。


 ドレスのまま横になった。


 着替えたいところだが、着替えなんて持ってきていない。


 わたしははあーっと大きく息を吐いた。


「つーかーれーたー」




 吼える。


 両手両足を広げ、大の字になった。


 天井を見上げる。




「レースが終わったのに、何も終わっていない気がする」




 ぼやいた。


 お妃様レースが終われば、一件落着するつもりでわたしはいた。


 だがよく考えれば、結婚がそんなに簡単に片がつく問題であるはずかない。


 ゴールテープは次のスタートラインだったようだ。




(みんなこんな大変な思いをしながら結婚するのかな?)




 全ての既婚者を尊敬したくなった。


 結婚とはなんて面倒で大変なものなのだろう。




(そもそも、王族になんてなりたくなかったし)




 さすがに口に出すのは憚れて、心の中でだけ呟いた。


 王族になるということは、市民革命などが起こった時、処刑される側になるということだ。


 なんてリスキーだろう。


 わたしの望みは平穏無事な生活だ。


 ただそれだけを目指して頑張ってきたつもりなのに、それから一番遠いところに来てしまった気がする。


 どこで間違えたのだろうと、わたしは首を捻った。


 だが大きなミスをした覚えはない。




「……まあ、いいか」




 わたしは考えることを放棄した。


 振り返ったところで過去は変えられない。


 それなら、未来を向いていた方が建設的だろう。




「まずは寝よう。起きてからその後のことは考える」




 わたしは自分に宣言した。












 目を覚ましたら、天国だった。


 天使がいる。




「シエル」




 ぼんやりと手を伸ばすと、掴まれた。


 本物だったらしい。




「おはよう、姉さん。朝じゃないけど」




 シエルは笑った。


 わたしは身を起こし、シエルに抱きつく。




「シエル~。会いたかった~」




 ぎゅうっと抱きしめたら、呆れた顔をしているルイスが見えた。




「天国なのに、悪魔がいる」




 わたしは口を尖らせる。


 渋い顔をした。




「誰が悪魔だ」




 ルイスに怒られる。




(貴方です)




 それは口には出さなかった。


 わたしは今、シエル不足の補充で忙しい。




「シエル、大好き。愛している」




 ぎゅうぎゅう抱きしめたら、シエルも抱きしめ返してくれた。




「ありがとう、姉さん。僕も愛しているよ」




 そんな嬉しいことを言ってくれる。


 心が疲れて弱っていたわたしは思わず泣きそうになった。




「このままシエルと二人でどこか遠くへ行って、畑を耕して、自給自足の生活が出来たら、わたしは十分幸せなのに」




 呟く。




「姉さんがそうしたいなら、そうするよ」




 シエルは優しく微笑んでくれた。


 それは冗談には聞こえない。


 だからわたしも真面目に返事をした。




「無理。シエルに苦労はさせられないもの。わたし一人なら自給自足も多少の貧乏も平気だけど、シエルには苦労しない生活をさせてあげたい」




 真っ直ぐ、シエルを見つめる。


 シエルは微笑んだ。




「姉さん、愛している」




 囁いてくれる。




「わたしも」




 わたしも微笑んだ。


 シエルと見つめ合う。




 コホン。




 ルイスはわざとらしく咳払いした。




「姉弟でもくっつきすぎだ」




 注意される。




「一日ぶりなんだから、いいいじゃないですか。そういうこと言うから、悪魔なんですよ」




 わたしは文句を言った。


 だが、ルイスの言い分が正しいことは知っている。


 シエルから離れた。


 代わりに、手を繋ぐ。




「ルイス様がシエルを呼んでくれたんですか?」




 わたしは尋ねた。


 礼を言わなければと思う。


 だがルイスは首を横に振った。




「いや、勝手に来た」




 困った顔をする。


 わたしはシエルを見た。




「姉さんの荷物を城へ運ぶように言われたから、荷物を持って来たんだよ」




 シエルは説明する。


 どうやら、ルイスはアークに手紙を託したようだ。


 その手紙は簡潔すぎて、用件しかわからないような内容だったらしい。


 だがたぶん、ルイスはわざと理由を書かなかったのだ。




(王様が結婚に反対しているなんて、言えるわけないよね)




 わたしは心の中で苦笑する。




「どうして、帰れないの?」




 シエルに聞かれた。


 わたしはちらりとルイスを見る。


 ルイスは好きにしろという顔をしていた。


 話すのも話さないのもわたしの自由らしい。


 それはとてもありがたいのだが、何故ここにルイスがいるのか、わたしはちょっと気になる。




「つかぬ事をお聞きしますが、ルイス様は何故ここにいるんですか?」




 尋ねた。




「姉弟でも年頃の男女を部屋で二人きりにするのは体面が悪いからだ」




 ルイスは答える。




「ああ。それはお手間を取らせてすいません」




 わたしは小さく頭を下げた。


 改めてシエルを見る。




「王様に会わなきゃいけないのだけれど、会ってもらえないらしいの」




 シエルの質問に答えた。




「……」




 シエルは眉をしかめる。




「どうして?」




 問いかけた。




「わたしが28歳(いき遅れ)だからかな」




 わたしはさらりと答える。


 わたしに恥じる気持ちはなかった。


 わたしの人生なんだから、文句を言われるつもりはない。




「今さらそのことを持ち出すのって……」




 シエルはちらりとルイスを見る。


 目で責めた。


 ルイスはさすがに気まずい顔をする。


 さっきは気づかなかったが、わたしに申し訳ないと思っているようだ。




(ルイスのせいではないのに)




 わたしは苦笑する。


 シエルを宥めた。




「王様も人の親ということなのでしょう。息子の嫁には期待も希望もいろいろあったということじゃないかしら」




 わたしが王の肩を持つと、シエルは呆れた顔をする。




「そこは怒るところだよ、姉さん」




 困ったようにわたしを見た。




「大丈夫。ちゃんと腹も立てているから。会ってもいないのに駄目だと決め付けられるのは面白くないもの。でもそれ以上に、気持ちがわかるの。わたしもシエルが9歳も上の女性を連れてきたら、賛成出来ない。いい子なんだろうなと思うと、なおさら嫌だわ。シエルを取られたくないもの」




 真顔で説明するわたしにシエルは苦笑する。




「姉さんが思ったより元気そうで良かった」




 そう言った。


 わたしは頷く。




「だから大丈夫。ニ、三日で帰るから待っていてね」




 わたしの言葉にルイスは驚いた顔をした。




「ニ、三日で会えるとは……」




 限らないと言いたいらしい。




「そんなに時間をかけるつもりはありません。さっさと会って、さっさと家に帰りますから」




 わたしは宣言した。












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