第42話 第二部 第三章 1 今さらの問題




 家に帰ることができないと言われて、わたしは固まった。




(え? 何、それ。どういうこと?)




 軽く混乱する。




「な……、軟禁?」




 そんな言葉が脳裏を過ぎった。


 どん引きする。


 疑いの眼差しをルイスとラインハルトに向けた。


 すすっとラインハルトの側から離れようとする。


 しかし、腕を掴んで止められた。




「どこに行くんです?」




 ラインハルトに問われる。


 逃げそびれてしまった。




「落ち着いてください」




 ルイスはため息をつく。




「軟禁なんてするわけないでしょう?」




 人聞きが悪いと、何故かわたしが叱られた。




(いやいや。帰せないと言ったのは自分でしょう? 監禁宣言しましたよね?)




 心の中で抗議する。


 それを口に出さないのは、余計ややこしいことになりそうだからだ。


 まず、話を聞くことにする。


 それくらいの冷静さは残っていた。




「じゃあ、何なんですか? 帰れないってどういうことですか?」




 わたしは尋ねる。


 今、わたしの中は不信感で一杯だ。


 猫だったら全身の毛が逆立っているだろう。


 心の中でしゃーしゃー牙を剥いた。




「王子との結婚が決まったことを王に報告しないうちは家に帰すわけにいきません――という意味です」




 ルイスは説明する。


 王族の結婚はまず、王への報告から始まるそうだ。


 報告したことで王の承認を得たことになる。


 そのため、王との面会は何が何でも必要らしい。


 ところがそれが出来ないのだという。




「何故、会えないのでしょう?」




 わたしは尋ねた。




「面会を申し込みましたら、体調が優れないと断られました」




 ルイスは答える。


 わたしは苦笑した。




「それはもちろん、仮病ですよね?」




 わかりやすすぎる。




「王の体調が悪いなんて話は聞いていません。それに、先ほどまでお元気だった姿はマリアンヌも見たでしょう?」




 ゴールした時のことを言われた。


 王の間で王の目の前でわたしたちはゴールする。


 少なくともその時までは元気そうに見えた。




「つまり、わたしと会いたくないということよね?」




 ルイスに確認する。




「そういうことですね」




 ルイスは頷いた。


 淡々とした口調で答える。


 ラインハルトは困った顔をした。




「すいません、マリアンヌ。まさか父が面会拒絶なんて子供染みたことをするとは思わなくて」




 ため息をつく。


 とても恐縮しているが、実はわたしはそこまで気にしていなかった。


 気に入らない嫁の顔は見たくないというのはありがちな話だろう。


 だが一つ、腑に落ちないことがある。


 嫌われるほどの面識がわたしと王の間にはなかった。




「嫌われるようなことをした覚えはまだないんだけど、何がそんなにも気に入らないの?」




 ルイスに聞く。


 正直に答えてくれると思った。


 ルイスは苦く笑う。




「とりあえず年齢……、ですかね」




 はっきりとはルイスにもわからないようだ。




「今さらそこに引っかかります?」




 わたしは肩を竦めた。


 わたしにとっては今さらな話だが、王には今さらではないのかもしれない。


 わたしが優勝することは知らなかっただろう。


 19歳の息子に28歳の嫁が来るのが嫌な気持ちはわからなくもなかった。


 わたしもシエルが9歳年上の女性を連れてきたら、とりあえず一回は反対する。


 他にもっといい人がいるだろうと、親が思うのは当たり前かもしれない。




「気持ちはわかるのでそれはいいんだけど、どうせ会えないなら帰ってもよくないですか?」




 わたしはラインハルトとルイスに聞いた。


 帰してもらえないことは納得できない。


 一度家に帰り、また出直せばいいと簡単に考えた。




「王の心証を考え、帰らないほうがいいと判断したのですが、違いますか?」




 ルイスに問われる。




「うっ……」




 わたしは言葉に詰まった。


 確かに、会えないからじゃあ帰りますと言う嫁の心証は悪いだろう。


 会えなくても待ち続けますというほうが健気で好印象なのは確かだ。


 それは理解出来るが、帰りたい。




「年の差を気にするなら、最初から招待状を出す時点で年齢差がある女性は切ってしまえば良かったのに」




 わたしはぼやいた。


 自分たちから招待しておいて、いざとなったら年齢差を切り出すのはとても失礼だ。


 わたしには怒る資格がある気がする。




「確かにその通りです。でも、あの時点では王子が結婚するなら王は誰でも良かったんですよ」




 ルイスは苦笑した。




「でもようやく王子が結婚する気になったので、欲が出たのでしょう。もっと王子に相応しい嫁をと」




 そう言って、ラインハルトを見る。


 わたしもラインハルトを見た。


 キラキラと主役のオーラを放っている。


 もっと相応しい相手がいると思うのも、当然だ。


 わたしはその他大勢だ。


 自分が主役になれるとは思っていない。


 でもだからといって、会ってもくれない相手から失格の烙印を押されるつもりもなかった。




「なんだか、腹が立ってきました」




 わたしは口を尖らす。


 負けず嫌いの性格がこんなところで顔を出した。


 それを見て、ラインハルトは嬉しそうな顔をする。




「何を笑っているのですか?」




 わたしは尋ねた。




「嬉しいのです」




 ラインハルトは答える。




「そんな結婚は面倒だから、なかったことにしましょうとマリアンヌなら言うかもしれないと思っていたので」




 そんなことを言われた。


 わたしはラインハルトに信用されていないらしい。


 だが過去の行いを振り返ると、それも当然かもしれないと思った。


 わたしはラインハルトとの結婚を何度も断ろうとしている。




「そういう気持ちも正直、無くはないのですが。会いもしないでダメ出しされるのは腹立たしいので。駄目なら駄目で、会ってからダメ出しされます」




 わたしの言葉に、ルイスは笑った。




「会ってもらえた時点で、こちらの勝ちですけどね」




 それもそうかと納得する。




「でも家に帰れないのは本当に困ります。シエルはきっと心配していると思うし」




 愚痴ってから、そういえばアークの姿が見えないと気づいた。


 別室に案内されるまではいたので、はぐれたのかと心配する。


 すると、家に使いに出したとルイスに言われた。




「わたしの従者を勝手に使うのはマナー違反ではありません?」




 苦情を入れる。




「確かに。それはすまなかった」




 ルイスはあっさり謝罪した。




「何のための使いですか?」




 問うと、家に帰れないことを知らせる使いだと説明される。


 ずいぶんと手際がいいと思った。




「王と面会出来ないことがわかったのはいつなんですか?」




 わたしは尋ねる。


 ゴールして勝敗がついて直ぐ、面会の予定を入れようとしたら断られたことを教えられた。


 つまり、表彰式の時点で王にわたしと会う気がないことはわかっていたらしい。




(それでもわたしとの結婚を決めたのか)




 わたしは少し意外に思った。


 表彰式で一度、わたしは王子との結婚を一回ふいにしている。


 あの時点で、なかったことにも出来たはずだ。


 だが、王の反対を押し切ってまで、わたしと結婚することを王子は選んだらしい。


 自分が思っているより、わたしは愛されているようだ。




「家に帰るのは不味いが、城に弟を呼ぶことは出来る。会いたければ呼ぶことも出来るが、どうする?」




 ルイスに問われた。




「えっ……」




 わたしは考え込む。




「城には妙齢のお姫様はいるのですか?」




 確認した。




「第一王子に姫はいるが、皆様まだ子供だ。現王の姫君たちはみな嫁がれたので城にはいらっしゃらない」




 それを聞いて、わたしは安心する。


 うっかり姫様がシエルを見て、惚れることは無いようだ。




「それなら、会いたいです」




 大きく頷く。




「わかった。呼んでおこう」




 ルイスは約束してくれた。






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