第41話 第二部 第二章 6 大団円
女の子たちの興奮はなかなか収まらなかった。
壇上にいるわたしたちはそのまま退室する。
別室へ通された。
ギルバートは緊張した面持ちで、クレアをエスコートしている。
ぎこちないのが逆に初々しくて微笑ましかった。
周りは温かな目で二人を見守る。
だが一人だけ、渋い顔で二人を見ている人がいた。
クレアの父らしい。
クレアの父は仕事で城に来ていたようだ。
たぶん、来年のレースに1枚噛んでいるのだろう。
その打ち合わせが終わり、娘が表彰される様子を見に大広間に足を運んだようだ。
そこで、娘がギルバートにプロポーズしたのを見る。
本当は直ぐにでも止めに入りたかっただろう。
しかし、状況がそれを許さなかった。
会場はとても盛り上がっている。
そこに飛び出して反対するほど空気は読めなくないようだ。
何より、来年からレースの開催に関わるなら、その目玉である逆プロポーズを邪魔するなんて出来るわけがない。
結局、クレアの父は商人としての利を取った。
ルイスが間に入り、二人の結婚を認めさせる。
反対しても無駄なことはわかっていた父親は思いの他あっさりと娘の結婚を認めた。
今後のことは跡継ぎの兄と相談しろと、突き放す。
だがそれはある意味、優しさなのかもしれない。
クレアの兄は妹を可愛がっているようなので、悪いようにはしないだろう。
彼はそれがわかっていて、わざと息子に丸投げしたのかもしれない。
不器用な父親の愛情が少しだけ見えた気がした。
だがそれはわたしの気のせいかもしれない。
いつか、クレアと父親が話しあえる日が来るといいなと思った。
クレアとギルバートは仲良く帰って行った。
クレアの父も一緒に帰宅するらしい。
二人の姿を、わたしとルティシアは見送った。
ルティシアは羨ましそうな顔をする。
どんな形であれ、父親の承諾を得たのが羨ましいようだ。
そんなルティシアの父が呼ばれて、部屋に入ってくる。
侯爵は前もって呼ばれていたようだ。
だがクレアの父とは違い、大広間にはいなかったらしい。
あんな女の子だらけの空間、おじさんは居たたまれないだろう。
ルティシアがランスにプロポーズしたことは知らないようだ。
だがランスがルティシアをエスコートしているのを見て、なんとなく状況は察する。
なんとも渋い顔をした。
露骨に機嫌が悪くなる。
ルティシアはそれを見て、気まずい顔をした。
だが、ランスの手は離さない。
そういうところをわたしはカッコイイと思った。
わたしのエスコートをしてくれていたラインハルトが、侯爵の所に行く。
ランスとの結婚を自分が認めたことを話した。
自分の側近として、ランスはこれから爵位以上に出世するであろうことを伝える。
それを聞いて、侯爵は黙り込んだ。
少し心が動いたらしい。
ルティシアはうるうると目を潤ませて、結婚の許可を父に求めた。
王子の前では侯爵も断れない。
結局、二人の結婚を認めた。
渋々だが、二人にとっては何の問題もない。
父とランスと一緒に帰っていくルティシアは幸せ一杯の顔をしていた。
そして最後に、わたしが残る。
ルイスからはずっと突き刺さるような視線を感じていた。
怒りのオーラが見える。
大変ご立腹のようだ。
わたしは怖くてそちらが見られない。
お茶でも飲もうと、さらに別の部屋にわたしはエスコートされた。
部屋にはソファとテーブルがあり、お茶の用意が整えてある。
メイドが私たちを待っていた。
わたしはソファに腰掛ける。
隣にラインハルトが座った。
くっつくように身を寄せてくる。
思わず逃げようと腰を引いたら、腕を回されぐいっと引き寄せられた。
逆に密着する。
思わず、わたしはメイドを見た。
人の目が気になる。
メイドは見て見ぬふりをしてくれた。
わたしはほっと息を吐く。
メイドは私たち三人のカップにお茶を注ぐと、退室した。
メイドが出て行くとルイスが口を開く。
「どういうことですか?」
問われた。
わたしは何のことなのか少し考える。
でも、わからなかった。
「どれのことでしょう?」
質問に質問で返す。
「心当たりがないんですか?」
呆れた顔をされた。
「ありすぎて、どれなのかわかりません」
わたしは正直に答える。
「それはそうでしょうね」
ルイスは納得した。
その答えは気に入ったらしい。
固かった表情が少しだけ和らぐ。
「言いたいことはいろいろありますが、一番は王子との結婚を断ったことです」
ルイスはため息を吐いた。
「何を考えているんです?」
睨まれる。
わたしは苦く笑った。
「三人で協力して夜を明かしたのに、わたしだけが優勝者として権利を受け取るのは違うように思えたのです。ルティシアにもクレアにも幸せになってもらいたかった」
説明する。
「そのためには、私との結婚を犠牲にしてもいいと思ったわけですね」
ラインハルトの言葉には棘があった。
ぐさぐさ刺さる。
「それは……、あの……」
わたしは口ごもった。
「自分が犠牲になろうと思ったわけでも、実は無くて。あそこでわたしがプロポーズしなくても、結果は同じことになるのではないかとちょっとずるいことを考えていました」
正直に打ち明ける。
「どういうことです?」
ルイスに問われた。
「わたしがプロポーズしなくても、王子がプロポーズをしてくれればわたしたちの結婚は成立します。必ずしも、わたしからプロポーズする必要はないのです。わたしが権利を譲渡しても、プロポーズしてくれたら問題ないなと考えました。でも、ルティシアは自分からランスにプロポーズしなければ結婚は無理な状況でした。だったら、ルティシアにプロポーズする機会を譲るしかないと……」
わたしの説明に、ルイスは頭が痛い顔をする。
わたしの中では筋が通っているが、それが必ずしも正解でないことはわたしにもわかっていた。
こちらから断った結婚を王子の方からプロポーズしなおすことが可能かなんて、わたしにはわからない。
もしかしたら、断ったら時点でアウトかもしれない。
王子がわたしに愛想をつかす可能性もあった。
だが、その時は仕方ないと開き直る。
「貴女が何もしなくても、ルティシアとランスが結婚できるよう、手は打っていたのですよ」
ルイスはため息をついた。
「そのようですね」
わたしは頷く。
ルティシアの父は前もって呼び出されていた。
最初から、二人の結婚を認めさせるつもりだったのだろう。
ランスはラインハルトの側近だ。
ルティシアはルイスの親戚らしいので、二人のことはルイスも知っていたのだろう。
「来年のことも含めて、打ち合わせは終わっていたのですね」
わたしは呟く。
「余計なことをしました」
素直に反省した。
「いや、そうでもない」
ラインハルトは苦く笑う。
「予定より、上手くいった。ルティシアとクレアの二人が自分からプロポーズしたから、あの場にいた女の子たちは盛り上がったのだ。それがあったから、来年以降の話がしやすくなった。それはマリアンヌのおかげだよ」
フォローしてくれた。
「そのわりに、ルイス様はだいぶご立腹のようですが」
わたしは憮然としているルイスを見る。
「貴女の手を借りた形になったことが、面白くないだけです」
ルイスは答えた。
拗ねた顔をする。
「前々から思っているんだけど、ルイスはわたしに当たりが強くない?」
わたしは苦く笑った。
「気のせいです」
ルイスは否定する。
(いや。絶対、気のせいじゃないから)
わたしは心の中で突っ込んだ。
しかしそれを口に出して、ルイスに喧嘩を売るつもりはない。
「ところで、わたしも家に帰っていいですか? 弟の顔も見たいし、ゆっくり休みたいのです」
帰りたくて、そわそわした。
ベッドでゆっくり休みたい。
シエル不足も補充したかった。
「……」
「……」
ルイスとラインハルトは黙り込む。
不自然な沈黙が流れた。
わたしは不安になる。
ラインハルトはちらりとルイスを見た。
ルイスは一つ、息を吐く。
「今日は家に帰れません」
そんなことを言った。
何故と問う前に、ルイスは言葉を続ける。
「しばらく無理かもしれないので、荷物はこちらに運ばせましょう」
その言葉にわたしは衝撃を受けた。
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