第32話 第二部 第一章 3 森の奥




 ずんずんわたしは歩いた。


 フローレンスから少しでも遠く離れようとする。


 動揺した自分を見られるのは、ひどく恥ずかしい。


 追いかけてきたアークはわたしの隣に並んだ。




「どこに行くんですか?」




 当然の質問をする。




「どこにって……」




 わたしは困った。


 立ち止まり、辺りを見る。


 フローレンスからはもう十分離れていた。


 森の木々に邪魔されて、その姿は見えない。


 そのことにわたしはほっとした。


 冷静さが戻ってくる。


 アークを見た。


 アークは優しく微笑んでくれる。




(いい人)




 心の中で感謝した。


 一緒にいてくれるのが心強い。




「まずするべきことは、貰った袋の中身を確認することだと思うの」




 わたしはアークが背負っている袋を指差した。




「そうですね」




 アークが同意する。


 自分が何を持っているか、確かめなければ作戦を練ることも出来ない。




「どこか座れる場所を探しましょう」




 そう言って周囲を探した。


 手ごろな切り株を見つけ、わたしを連れて行く。


 そこにわたしは座った。


 アークは近くにしゃがみ、背負った袋を下ろす。


 中身を取り出した。


 ナイフが大小二本と太さの違うロープが三種類。


 木の皿が大小二枚ずつにコップが二つ。


 そしてマッチが入っている。


 マッチを見て、わたしは笑った。




「良かった」




 マッチを手に取る。




「ルイスのことだから、火を起こすところから始めろとか言い出すかと思ったわ」




 火を起こす道具をどうやって作ろうか、密かに考えていた。


 木の板と枝と細いロープがあればなんとか出来るかもしれない。


 わたしにはサバイバル知識もキャンプの知識もないが、テレビでなら前世でたくさん見た。


 なんとなく作れる気がする。


 少なくとも自分がどんなものを作ればいいのか、形だけは見えていた。


 それはとても有利に働くだろう。




 わおーん。




 遠くで遠吠えのようなものが聞こえた。


 さすがにわたしもどきっとする。




「狼がいるの?」




 アークに尋ねた。




「そうみたいですね」




 アークは頷く。




「熊とかもいるかしら?」




 わたしの質問にアークは首を傾げた。


 わたしを追いかけながらも、アークはちゃんと周囲の様子を確かめていたらしい。




「今のところ痕跡は見ていませんが、いない保証がないのでいることを前提に考えた方がいいでしょう」




 尤もな意見が返ってくる。


 近衛たちを見張りにつけているのにはちゃんと理由がありそうだ。




「そうね。なんとなく、自分が何をするべきかわかってきた気がする」




 わたしは微笑んだ。


 一晩を森で明かせというのはなんとも漠然としたお題だ。


 正直、やることが決まっている方がゲームとしては易しい。


 人間は指示されたことに従うほうが簡単で、自分で何をすべきか考えて行動するの方が難しく感じる生き物だ。


 だからルイスは何の指示も出さなかったのだろう。


 やるべきことは自分で考えろと言われている気がした。




(やってやろうじゃない)




 わたしは妙に燃える。


 負けるのは嫌いだ。


 どうせなら勝ちたいし、勝たなければいけないこともわかっている。




「優勝するわよ、アーク」




 わたしは意気込んだ。


 アークはそんなわたしを見て、嬉しそうな顔をする。




「いつもマリー様に戻って、良かった。さっきは何かあったんですか?」




 聞くなら今だと思ったのか、アークは尋ねた。


 わたしは苦く笑う。




「何もないの」




 首を横に振った。




「ただ、気づくわけがないと思ったの。それなのに何かあったのかと気づかれて、わたしが動揺しただけ」




 ため息をつく。




「意外と私のことを見ているんだと思ったら急に恥ずかしくなって。……思わず、逃げてしまいました」




 わたしは反省した。


 さすがにあれは感じが悪かっただろう。




「失礼だったと、思う?」




 アークに聞いた。




「……」




 アークは困った顔をする。


 肯定し難いのだろう。




「逃げたのは、わかったと思います」




 迷った末、そんな言い方をした。




「次に会った時は謝ることにします」




 わたしの言葉にアークは黙って頷く。


 それがいいと賛同してくれた。




「ところで、これからどうしますか?」




 今後の予定を確認される。




「どこか広い、火を焚ける場所をまず確保しましょう。それから水場を探します。湧き水でもいいし、川でもいい。その後は食料の調達です。この時期なら何か果物があるかしら? なければ、罠を仕掛けて獣を捕まえましょう」




 わたしは自分たちがするべきことを挙げ、指折り数えた。




「それじゃあ、どこかで木に登りますか」




 アークは上を見上げる。


 周囲を確認するには歩くより高い木の上から見渡すほうが早いだろう。




「そんなに高い木、あるかしら?」


 わたしは周囲を見渡した。


 他の木より大きい木がさほど遠くない場所に見える。




「あれですね」




 アークも見つけた。


 出した中身を袋に戻して、それを背負う。




「行きましょう」




 わたしに手を差し出した。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る