第31話 第二部 第一章 2 王家の森
自分が恋したかも知れない王子様の女装姿を、再び見ることになるなんてわたしは思っていなかった。
(やっぱり、美人)
フローレンスを見て、改めてそう思う。
同時に、情緒不安定だったわたしの心は落ち着いた。
ある意味、ラインハルトには感謝するべきなのかもしれない。
わたしがわたしであることに変わりがないことを思い出した。
(恋ってなんだっけ? 一目惚れってなんだったっけ?)
久しくそんな経験と無縁だったから、その言葉の響きだけでわたしは舞い上がってしまったようだ。
だがその他大勢のわたしの恋愛がご大層なものであるはずがない。
(落ち着いて、後からゆっくり考えることにしよう)
そう思える心の余裕が出てきた。
今はお妃様レースの本戦に集中することにする。
今までの三日間が予選なら、今日は本戦だ。
昨日まではリタイアするつもりだったので気楽に参加していたが、今日は勝たなければいけないと思うと緊張する。
まずはルイスの説明をちゃんと聞くことにした。
「さて、本戦について説明します」
ルイスのよく通る声が王の間に響く。
誰も口を開かないので、しんと静まりかえっていた。
「知力、体力、時の運。王子の妃になるなら、この三つが必要不可欠です。皆様には自分がそれらを持ち、王子の妃になる資格があることを証明していただきます」
簡単そうに言うが、簡単ではないだろう。
それをまるで簡単なことのようにいうところがルイスらしい。
腹黒さが全開だ。
「今から王家が所有する森へ皆様を案内します。その森で明日の昼までお過ごしください。食事は森で自由に調達していただいて結構です。森のもので食事をし、夜を明かすのが第一の関門になります。そして昼に出される問題を解き、この王宮までその答えを持ってやってきてください。こちらは早い者勝ちで、到着した順に順位が決まります」
その説明だけ聞くと、難しいことはないように思える。
だがそんなわけがないことはルイスの性格を知っているのでわかった。
「ただし、森には危険がつきものです。獣に襲われることもあるかもしれません。その時は王宮の近衛たちが皆様をお守りします。しかし、その時点で助けられた方は失格になってしまいますのでご注意ください。皆様が手を借りることが出来るのは、今、後ろに控えている従者一名のみです」
さすがにそれを聞いた参加者たちはざわついた。
これはわかりやすいサバイバルゲームだ。
参加者を振り落とすことを目的としている。
(夜になる前に半分かそれ以下に減っているんだろうな)
その状況が目に見えるようだ。
ちなみに、自分からリタイアも出来るらしい。
森にいる近衛に言えば城まで連れて帰ってくれるそうだ。
過保護に育てられた貴族のお嬢様や豪商のお嬢様なら、あっさりリタイアするかもしれない。
本気で妃を狙っていなければ、頑張れないだろう。
(これはこれで理に叶っているかも)
妃を選別する方法としては悪くないと思った。
参加者の本気度が計れる。
なんだかんだいって、ルイスは王子のことをちゃんと考え、心配している。
覚悟がない妃なら要らないというのがよくわかった。
(これはわたしにも言っているんだろうな)
ルイスのメッセージはきっと、わたしにも向けられている。
(頑張りますとも)
わたしは心の中で答えた。
説明が終わると、わたしたちは王宮を出た。
王家の森は王宮の裏にある。
表が城下町に繋がっていて、裏は森になっていた。
森には獣が多く、普段は王族がここで狩りをしているらしい。
森は思ったより広大だ。
人の手があまり入っていないのか、鬱蒼としている。
時折、獣の声が遠くに聞こえた。
(そんな場所に淑女の皆さんを放って大丈夫なのだろうか?)
わたしは不安になる。
だがそれこそがルイスの目的だろう。
覚悟がない人間はさっさとリタイアしろという呟きが聞こえるようだ。
実際、直ぐにでもリタイアしそうな顔がいくつか見える。
森に来ただけで青ざめた顔をしていた。
獣の声が聞こえると、震え上がる。
「それでは、この辺からスタートとしましょう。森から出なければ、皆様はどこでどのように一晩を過ごしても構いません。従者の皆さんにはナイフやロープなどの一式を支給しますので、有効に活用してください。護衛のため近衛たちはつかず離れず皆様と共にいます。それはお忘れなきよう」
にこやかに笑うルイスは、ずるをしたら近衛が見ているから失格になるとわかりやすく脅した。
(うわ~。黒い)
苦く笑うと、ルイスと目が合う。
何か言いたげなその顔に、わたしは肩を竦めた。
ルイスは何も言わず、去っていく。
代わりに、フローレンスが寄ってきた。
(困った人だなぁ)
心の中で呟く。
楽しそうな顔をしているのが、少しイラッとした。
「どうしているんですか?」
尋ねる。
すでにフローレンスの役目は終わったはずだ。
参加している意味がわからない。
「いろいろ諸事情がありまして」
フローレンスは答えた。
声も口調もちゃんと女性に聞こえる。
(ノリノリですね)
心の中で突っ込んだ。
「そんな顔をしなくても、少し話をしたらリタイアしますわ」
にこやかに言われた。
他の参加者から離れて、話が出来る場所を探す。
アークは少し距離を置いてついて来た。
フローレンスが王子だったことは話したので、正体がラインハルトであることはわかっている。
少し遠慮していた。
そんなアークの隣をフローレンスの従者が並んで歩く。
「昨日はよく眠れましたか?」
問われて、わたしの顔は引きつった。
王子としては何気ない質問であることはわかっているが、今のわたしには地雷だ。
(おかげさまで、全然)
心の中で毒づく。
だが、正直に答えるつもりはなかった。
「それなりに」
便利な言葉で誤魔化す。
しかしそんなわたしの顔をフローレンスはまじまじと見つめた。
「え? 何?」
わたしは戸惑う。
視線が痛い気がした。
「何かありました?」
真顔でフローレンスは尋ねる。
小首を傾げてわたしを見た。
わたしはギクッとする。
気づかれたことに動揺した。
ふるふるっと首を横に振る。
「何も」
そう答えるが、フローレンスの顔は見られなかった。
(なんだろう。よくわからないけど、なんか駄目)
急に恥ずかしくなる。
自分の内側を覗きこまれた気がした。
(せっかく落ち着いた気持ちを、頼むからかき乱さないで)
心で悲鳴を上げる。
ドキドキして、苦しくなった。
そんな自分にまた、動揺する。
「話がそれだけなら、もういいですか?」
逃げ出すことにした。
なんだかとっても居たたまれない。
「マリアンヌ様?」
不思議そうな顔をされるのがわかったが、もう無理だ。
「失礼します」
踵を返す。
そんなわたしに驚いたのはアークだ。
「マリー様?」
慌てて追いかけてくる。
「何かありましたか?」
心配した。
王子と同じ言葉をかけられ、わたしは苦笑する。
「何でもないの」
答えた。
同じ言葉なのに、アークに言われると心が落ち着く。
(なんだかな~)
自分で自分に苦笑が洩れた。
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