第33話 第二部 第一章 4 焚き火ホイホイ



 歩きながら、わたしとアークは落ちている小枝を集めた。


 焚き火をするための薪を集める。


 木に登ったアークは開けた場所を見つけた。


 木が茂っていない場所を探すだけなので、難しくない。


 近くに川が流れているのも見つけた。


 わたしたちはとりあえずその開けた場所に向かう。


 獣避けに火を焚くことが最優先だと判断した。


 森にはどんな生き物がいるかわからない。


 少なくとも狼がいるのは確実だ。


 それなら、襲われないことを第一に考えるべきだろう。


 わたしはアークに焚き火で獣を遠ざけようと提案した。


 よくご存知ですねと感心される。


 そういえば、貴族に生まれたわたしは森に入ったことはあまりない。


 狩った獣を捌くのを手伝ったことはあるが、それは誰かが捕った獲物を森から運んできた後だ。


 森のことにわたしが詳しいのは不自然なのだろう。


 テレビで見たことがあるなんて言えるわけがなかった。




「本で読んだから」




 わたしは言い訳する。


 実際にはそんなことが書かれた本があるのかどうかも知らないが、アークは納得してくれた。


 わたしたちは乾燥していそうな小枝を集めつつ、開けた場所にたどり着く。


 そこは普段も焚き火をすることがある場所のようで、いくつか焚き火をした跡が残っていた。




「どれか再利用できそうなのはないの?」




 アークに聞く。


 わたしにはなんとなくの知識はあっても、実経験はない。


 こういうのは普段から森に行くことがあるアークに任せることにした。


 アークは農民だが、森に入って獣を捕ることもある。


 ほぼ自給自足で成り立っているわたしの故郷では肉は買うものではなく、森で捕るものだ。


 放っておくと農作物を荒らす害獣になるので、定期的に数を減らしているらしい。




「このあたりなら使えますね」




 アークは答えて、そこに薪を置いた。


 わたしも自分が持っていた分を上に重ねる。


 マッチを使い、上手にアークは火をつけた。


 勢いよく燃えがる炎を見て、わたしは安堵する。


 煙が高く上まで立ち上った。


 わたしはそれを見上げる。




「この煙を見て、他の参加者もここに集まってくれるといいわね」




 呟いた。




「どうしてですか?」




 アークは不思議そうな顔をする。




「だって、一人で頑張るよりみんなで協力した方が簡単でしょう? 一晩夜を明かすのが課題なんだから、一緒に明かせばいいじゃない。従者以外の手を借りては駄目って言われたけど、参加者同士が協力するのは駄目とは言われていないでしょう? 一人より二人が、二人より三人の方が出来ることはきっと増える。互いに出来ることをすれば、夜を明かすのも簡単になる……はずよ」




 当たり前にそう思っていたが、話すうちにちょっと自信がなくなってしまう。


 そんな風に思うのが自分だけでは意味がなかった。


 不安になる。




「誰か来てくれるといいですね」




 アークとはそう言ってくれた。


 だがそれは気を遣ってくれたようにしか思えない。




「そうね」




 わたしは力なく頷いた。












 結論から言うと、わたしの焚き火ホイホイ作戦は成功した。


 煙はかなり目だったらしい。


 それを見て、参加者の女の子たちが集まってくる。




 一人は貴族のお嬢様でルティシアという名前だった。


 年は確認していないが、20歳前後だと思う。


 意思の強そうなきらきらした目を持つ子で、なかなかの美人だ。


 ヒロインっぽいオーラを放っている。


 凄いことに、ルティシアの従者はウサギを2匹も捕まえていた。


 木を削り、弓を作ったらしい。


 従者は女性だが、武術全般が得意だそうだ。


 弓も上手いらしい。


 もちろん、矢も手作りだ。




(ルティシアが優勝かも)




 そう思ってしまった。


 圧倒的な主役オーラを放っている。


 基本スペックが全てわたしより上のようだ。


 その他大勢のわたしには勝てそうにない。


 これで性格が悪いなら嫌いにもなれるのに、どうやら性格までいいようだ。


 焚き火を使わせてもらえるなら、ウサギを一匹分けてくれるという。


 ギブ&テイクの申し出をありがたくわたしは受けた。


 協力し合おうと約束する。


 ついでにウサギの調理も請け負った。


 ルティシアの従者は料理は全く出来ないらしい。


 捕ったものの、二人とも調理が出来なくて困っていたようだ。


 ちなみに貴族の女性は包丁どころかナイフも握ったことがないのは普通だ。


 料理は料理人が作るもので、貴族女性が台所に立つことはない。


 わたしも貴族女性のはしくれなので本来は台所に立つ必要はなかった。


 だが家は使用人が少ないこともあり勝手に台所に出入りしている。


 前世ではそこそこ料理が出来たので、その知識を活用した。


 おかげで、我が家のメニューは実に多国籍だ。


 わたしが覚えている料理を手に入る材料で適当に作り、それを料理人が覚えて改良する。


 他では食べられない料理が多いと、自負していた。


 だがそれをどこかで披露したことはない。


 悪目立ちしないよう、その他大勢らしく内緒にしていた。




 貴族のお嬢様にはショッキングだと思うので、私は少し離れたところでナイフを使った。


 猪や鹿より可愛いウサギを捌くほうが精神的に来るが、これはもう弱肉強食の世界だと許してもらうしかない。


 美味しく頂くのでごめんなさいと謝って、手を合わせた。


 そこにもう一人、たくさん魚を捕った女の子がやって来る。


 誰かが火を起こしていることに気づいて、焼いてもらおうと思ったようだ。


 こちらは16歳前後でかなり若い。


 見た目もはつらつとしていた。


 貴族ではなく、豪商のお嬢さんらしい。


 わたしがウサギを捌いているのを見て、目を丸くした。


 その子はクレアと名乗る。


 わたしとルティシアの間に協力関係が成立しているのを知ると、自分も仲間に入れてくれと言ってきた。


 このあたり、商人の娘は損得の計算が早い。


 彼女は手土産として魚を差し出した。


 魚は編んだ駕籠に入っている。


 駕籠は手作りで、それを持っている従者の男の子が作ったようだ。


 男の子は女の子より少しだけ年上に見える。


 やんちゃな男の子が成長してちょっと落ち着きましたっていう感じがあった。


 二人はとてもお似合いに見える。


 王子との結婚を目指すより、この二人が結婚した方が幸せになれるだろう。


 だがそんな余計なお世話は口にするつもりはない。


 自分の恋愛について他人に口を出されるほど鬱陶しいことはないのを知っていた。








 わたしたち三人は協力して夜を明かすことにした。


 バラけているより固まっていた方が安全だ。


 従者たちの意見もそれは同じらしい。


 ルール上、協力するのは大丈夫なのかクレアは気にした。


 近衛たちに手を借りるのは駄目だが、参加者が互いに協力するのは駄目だといわれた覚えがない。


 そう説明するとクレアは納得した。


 一人で夜を越えられずに失格になるより、三人で確実に夜明けを迎える方がいいと判断したらしい。








 魚もウサギも従者を含めた6人で分け合った。


 わたしが食事の準備をしている間にアークが果物を木に登って取って来てくれる。


 わたしからもみんなに提供できる食材があって、ほっとした。


 意外とお腹は一杯になる。


 ルティシアとクレアの従者がたくさん小枝を拾ってきてくれたので、薪にも困りそうになかった。


 6人で火を囲むのは窮屈なので、もう一つ焚き火を作る。


 わたしたち3人と従者の3人に別れた。


 そんなことをしている間に、日が暮れる。


 寒さが厳しい季節でなくて良かったと思った。


 それでも、日が暮れると少し寒くなる。


 わたしたちは火に近づいた。




「他の参加者はどうしているのかしら?」




 気になって呟くと、ルティシアがリタイアする女の子を二人見たと言い出す。


 赤いドレスの女の子とピンクの大きなリボンをつけた子だったそうだ。




「わたしは緑っぽいドレスの子が近衛たちと歩いて行くのを見ましたよ」




 クレアも言う。




「わたしは青いドレスの子がリタイアするつもりだと言っていたのを聞いたわ。リタイアした姿は見ていないけど」




 フローレンスのことを話した。




「そうなると、残りは一人かしら?」




 ルティシアは首を傾げる。


 ううーんとわたしは唸った。


 確率的に、その一人もリタイアしていると考える方が合っている気がする。


 わたしたちがリタイアする人を全員見かける確率は低いだろう。


 一人くらい見逃している方が自然だ。




「残っているのはここにいる3人だけかも」




 わたしは笑った。


 だが、二人は笑わない。




「……」


「……」


「……」




 気まずい沈黙が流れた。


 自分たちがライバルであることを急に意識する。


 たぶんそれはわたしだけではないだろう。


 ちらちらと物言いだけな眼差しを二人から向けられた。




「ルティシア様もクレア様もやはり王子様の妃になりたいんですか?」




 わたしは思い切って、尋ねる。


 二人はいい子だ。


 嫌いにはなれそうにない。


 三人まで妃になれるというなら、もういっそ三人纏めて妃になればいいのではないかと思ってしまった。


 実際にそうなればいろいろ複雑な気分になるのはわかっていても、二人を蹴落とすと思うと心が苦しい。


 わたしはため息をつきたくなるのをぐっと我慢した。










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