第25話 第五章 3 お断りします




 王子に引っ張られ、わたしは歩いた。


 気が進まないので、足取りは重い。


 城の中は謎を解いた参加者が答えの品物を探してうろうろしているはずだ。


 誰かに会うかも知れないとドキドキする。


 だが、不思議なくらい誰にも会わなかった。


 それはとても不自然で、わたしは戸惑う。




「どうして、誰もいないのですか?」




 尋ねると、ふっと笑われた。




「答えがあるのは公的な場所だけだ。私的な場所にある物を答えにするわけがないだろう?」




 尤もなことを言われる。


 ゲームは一見、とても公平そうに見えた。


 だが当然、主催者に都合が良いようになっている。


 公平や平等なんて、ありそうに見えてなかった。


 だが、ありそうに見えるのがすごいと思う。


 手間も暇もかかっていることを感じた。




「何のためにお妃様ゲームなんて、開催したんですか?」




 とても面倒なことをするなと思って、尋ねる。


 こんなことをしなくても、もっと簡単にお妃様を選ぶことは出来ただろう。




「父王が勝手に決めたのだ。私もやりたかったわけではない」




 王子は反論する。


 それは本当のようだ。




(でも、女装して参加したりして、案外、楽しんでいますよね?)




 突っ込みたかったが、わざわざ喧嘩を売ることもないだろう。


 そんなことを話している間に目的の部屋に着いた。




「ここだ」




 ドアの鍵をポケットから取り出す。


 自分で開けた。




(王子様も鍵は自分で開けるのか)




 妙なことに感心する。


 わたしの王子様のイメージは、前世で見た映画やドラマから来ている。


 常に側近が側にいて、何もかもしてくれると思った。


 自分のことは何一つ自分ではしないと勝手に決め付ける。




「着いたようなので、手を離してもらってもいいですが? 今さら、逃げませんので」




 わたしは頼んだ。




「そんなに私と手を繋ぐのは嫌なのか?」




 王子は拗ねた顔をする。




「嫌と言うか……。連行されている気分になるので」




 わたしは正直に答えた。


 気乗りしない私の足取りは重く、ほとんど引っ張られてここに来た。




「まあ、確かに」




 王子は納得する。


 手を離してくれた。




「座って待っていろ。直ぐに戻る」




 ソファを指され、わたしは頷く。


 王子は奥の部屋に向かった。


 おそらくそこが寝室で、着替えなどがあるのだろう。


 わたしは大人しく座った。


 逃げ出すなら今がチャンスだとも思ったが、それはあまりに大人気ないだろう。


 身元も割れているので、厄介なことになる気がする。


 暇なので、わたしは部屋の中を見回した。


 思ったよりシンプルで、物が少ない。


 華美でもなかった。




(物欲がない聖人君子か、単にインテリアに興味がないだけか、倹約家か)




 どれが正解だろうと考えていたら、ドアがノックされる。




(え? どうすればいいの?)




 わたしは焦った。


 王子が入って行った奥の部屋の扉を見る。


 ドアがノックされたことを伝えるべきかどうか、迷った。


 だがそのノックは、もともと返事を待っていなかったらしい。


 ドアを開けますよというお知らせだったようだ。


 ドアが開き、ワゴンを押したメイドが何人も入ってくる。


 テーブルの上にお菓子を何種類も並べた。


 王子の指示だろう。




「お茶はどれになさいますか?」




 茶葉の指定を求められた。


 何があるのか聞く。


 高級茶葉の名前が並んだ。


 わたしは遠慮なく一番好きなのを選ぶ。


 メイドは頷き、わたしの分と王子の分を淹れてくれた。


 ティーカップが私の前と向かい側に一つずつ置かれる。


 とてもいい香りがした。


 メイドたちはお茶を淹れ終わると、そのまま退室する。


 出て行く間際、わたしを見てにこりと微笑んだ。


 その笑みが意味深な気がして、わたしはなんとも落ち着かない気持ちになる。




(あの人たちには、わたしはどう見えているのだろう?)




 普段はそんなこと考えもしないのに、気になった。


 お妃様レースの途中で、王子の部屋で二人きりでお茶を飲むなんてよく考えなくても不味いのではないだろうか?


 失格になるだけなら願ったりだが、噂になるのは避けたかった。


 貴族社会では些細な噂が命取りになる。


 大公家に迷惑をかけるのも嫌だ。


 下世話な噂が立ち、ふしだらな女という落款を押されるのもありがたくはない。




(もしかして、逃げるべきだったんじゃない?)




 自分の考えが甘かったと、反省した。


 今さらだが、逃げようと立ち上がる。


 しかしそれは奥の扉から王子が出てくるのとほぼ同時だった。


 女装を解き、本来の姿に戻ったラインハルトがこちらを見る。


 化粧を落としたのに、スッピンの方が美人なのは反則だろう。


 その綺麗な顔にじっと見つめられた。




「あ……」




 わたしは気まずい顔をする。




「どこへ行くんですか?」




 ラインハルトは静かな声でにこやかに聞いてきた。


 逃げようとしたことに気づいているだろうに、おくびにも出さない。




「いいえ。どこにも」




 わたしは首を横に振り、座り直した。




「そうですか」




 ラインハルトは頷くと、わたしの隣に並んで座る。




(え? 隣??)




 わたしは戸惑った。


 当たり前だが、王子が座るべき場所は隣ではない。


 向かい側には王子のために淹れたお茶も置いてあった。


 しかしラインハルトは素知らぬ顔をする。




「あの~」




 わたしは言い難く思いながらも、王子の席はあっちだと伝えた。


 ティーカップが置いてあるのを指す。




「ここでいいんです」




 ラインハルトに動くつもりはないようだ。




「じゃあ、わたしがあちらに……」




 自分が移動すれば問題ないと思って立ち上がろうとしたら、手を掴んで止められる。




「君もここです」




 まったく目が笑っていない笑顔でそう言われた。




「……はい」




 その迫力に、わたしは負ける。


 そのまま手も握られてしまった。


 また恋人繋ぎをされて、困る。




「手は離してもらえませんか?」




 わたしは頼んだ。




「逃げられると困るので、出来ません」




 あっさり断られる。




「……」




 わたしは困った。


 でも逃げようとした後ろめたさがあるので、言い返せない。


 さすがに王子様の手を振り払う度胸はわたしにもなかった。


 一応、わたしにも男爵令嬢の自覚はある


 ラインハルトは空いている方の手を伸ばして、向い側にあるのティーカップを取った。


 自分の前に置く。




「さて、何からお話しましょう?」




 爽やかに聞いてくるが、空いた手で掴んだわたしの手を撫でている。




(え? 何、これ。罰ゲームかなんか?)




 意味がわからなくて、わたしは眉をしかめた。




「手を繋がれるのは仕方ありません。逃げようと思ったのは、事実ですから。でも、手を撫でるのは止めてもらえませんか? なんか……。困ります」




 わたしは素直に頼む。




「困るんですか? 意外と可愛いところがあるんですね」




 何故か嬉しそうな顔をされる。


 でも、撫でるのは止めてくれた。


 話が通じることにほっとしたが、それは甘かったらしい。


 掴んだ手をぐっと引き寄せ、チュッとキスされた。


 わたしはびっくりして固まる。




(本当に何をしたいの? この人。 王子様じゃなかったら、ぶっ飛ばしたいっ!)




 顔が引きつった。


 そんなわたしの反応も王子様は楽しんでいる気がする。


 とても機嫌がよく、ずっとにこにこしていた。


 綺麗な顔に微笑まれると、わたしも悪い気はしない。


 だが、このまま無駄に時間を過ごすわけにもいかなかった。




「……一体、王子様は何をしたいのでしょう?」




 考えることにも疲れたので、聞いてしまうことにする。


 所詮人の気持ちは、他人には推し量れない。


 本人に聞くのが一番だ。




「何をしたいかと聞かれたら、マリアンヌと結婚したいですね」




 ラインハルトはさらりと答える。


 あまりにも軽いので、本気には聞こえなかった。


 だからわたしも軽く返事をしてしまう。




「そうですか。でも、お断りします」




 首を横に振った。




「簡単に断るんですね」




 ラインハルトは目を丸くする。


 わたしはふっと笑った。




「何故か最近、モテているんですよ、わたし。実は結婚したいと言われたのは、王子で三人目です」




 正直すぎるわたしの返事に、ラインハルトは戸惑った。




「一人目はずっとわたしを好きでいてくれたそうで、本気みたいです。二人目はなんだか軽いんですが、結婚したい気持ちは本当のようです。わしのためなら何でもしそうな感じがあります。王子は三番目なので、かなり望み薄です。一人目をお断りし、二人目をお断りしてからしか順番が回ってきません。そういうことなので、王子様はもっと自分に相応しい素敵な女性と結婚なさってください」




 わたしはにこりと微笑んだ。


 我ながら、なかなかいい感じに断れたと自負する。


 わたしの中では立派に筋が通っていた。


 告白した順に権利は発生するべきだろう。


 アークとアルフレットには防波堤になってもらうことにした。


 二人には心の中で『ありがとう』を言う。


 黙ってわたしの言葉を聞いていたラインハルトは、ふむと一言だけ呟いた。




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