第24話 第五章 2 フローレンス
この日は25人が10人になる。
いつも通り広間に集まった参加者たちの顔は気のせいではなくちょっと険しかった。
半分以上が失格になることはみんなわかっている。
その中、リタイア予定のわたしは一人のほほんとしていた。
(王宮に足を運ぶのも、今日で最後だな~)
そんな感慨にふける。
王都に足を運ぶことは、今後もあるかもしれない。
だが、城の中に入ることはもうないだろう。
三日も通うと、ちょっと愛着が湧いてくる。
少しだけ寂しい気分になった。
付添い人と別れ、参加者は別室に案内される。
そこには椅子が並べられていた。
5×5列で25名が座れるようになっている。
今日は座って説明を聞くようだ。
わたしは少し考えて、3列目の端の席を選ぶ。
その辺りがその他大勢っぽくていいなと思った。
一番前の列や2列目にはやる気満々な方々が座る。
気の強そうな人が1列目に座り、ちょっと遠慮した人が2列目に座った。
3列目からはやってきた順という感じになる。
(1列目の人たちが妃になるのはなんか嫌だな)
他人事だが、王子にちょっと同情した。
あんな人が奥さんになったら苦労するだろう。
しかも三人も娶ることになるかもしれないのだ。
(ないわ~。本当にないわ~)
心の中でぼやく。
想像するだけでぞっとした。
自分以外に二人も奥さんがいて、常に競うことになるなんて気が休まる暇がない。
そんな結婚、頼まれてもお断りだ。
わたしは怖いオーラを放っている人たちから目を逸らすように、室内を見回す。
室内の内装はとても凝っていた。
(こういうのなんていうんだっけ。バロック様式とか言ったかな?)
ふと頭に浮かぶ言葉があったが、間違っているかもしれない。
その他大勢のわたしの知識はそこそこ広いが浅い。
わからないことはググるのが常だった。
調べればなんでもわかったので、覚えることを止めてしまう。
(前世の記憶を持って転生することがわかっていたら、もっといろいろ覚えておいたのにな)
後悔してもいまさら遅い。
その他大勢はこの程度のものだ。
様式の名前がわからなくても死ぬわけじゃない。
思い出せたら、わたしがちょっとすっきりするだけの話だ。
わたしは大人しく前を向いて、説明が始まるのを待つ。
すると、視線を感じた。
誰かに見られている。
振り返ると、5列目の端にフローレンスがいた。
目が合うと、にっこり微笑まれる。
(ん~。今日も美人。でも……)
わたしは少し複雑な気分になった。
それを押し隠して、微笑み返す。
(まだ、はっきりしたわけじゃない)
自分に言い聞かせた。
本日もゲームの説明をするのはルイスだ。
よく通る声が響く。
前列のお嬢さんたちの中にはルイスをうっとりと見ている子もいた。
第三王子の側近なら、出世も間違いない。
独身のルイスは王子ほどではないにしても優良物件だ。
狙うのも間違いではないだろう。
だがルイスは綺麗にそんな視線を無視していた。
取り付くしまがないというのはこういうことだと、見本にしたいくらい完璧に拒絶する。
思わずにやけたら、じろりとルイスに睨まれた。
(見えているのっ?!)
わたしは驚く。
ばれないと思っていたので、ドキッとした。
慌てて、ルイスから視線を逸らす。
ルイスの説明によると、今日のゲームは謎解きと借り物競争の複合競技のようだ。
問題の紙をボックスの中から引いて謎を解き、答えの物を城の中で見つけて持って行く。
早く戻ってきた人が勝ちだが、謎を解いても答えが城にはない物もあるらしい。
その場合はハズレだ。
そんなハズレが何枚あるかは、教えてくれるつもりはないらしい。
最初から答えは10個しか用意されていない気がわたしはした。
(その方がルイスっぽい)
わたしは妙な確信を持つ。
一人一枚ずつ問題の紙を引いた時点で、勝敗は決まるように思えた。
全員が紙を引いたところで、ゲームはスタートする。
王宮には入れる部屋と入れない部屋があるようで、入れない部屋には鍵がかかっていた。
入室OKの部屋の中には近衛がいるらしい。
さすがに王宮の中は監視がつくようだ。
セキュリティ的に大丈夫かと心配していたので、わたしはそれを聞いて逆に安心する。
実はこの世界には爆弾というものがない。
ダイナマイトが発明されていないので、爆発物というものが存在しなかった。
そのためかセキュリティの意識は低い気がする。
21世紀なら、王宮や庭で宝探しなんて絶対にやらないだろう。
探すふりをして爆発物を仕掛ける人がいたら大変だ。
(こういう暢気なところ、わたしは嫌いじゃないけどね)
自分が引いた問題の紙を眺めながらそんなことを考えていると、フローレンスが寄ってくる。
「一緒に探しませんか?」
誘われた。
(そうくると思っていました)
心の中で、わたしは返事をする。
それぞれの問題が違うので、答えを一緒に探すのは不可能だ。
だがわたしはフローレンスが声をかけてくることを確信していた。
「はい。協力して、それぞれの謎を解きましょう」
にこやかに微笑む。
わたしたちは互いの紙を見せ合った。
そんなわたしたちの様子は少し目立ったらしい。
周りの視線を感じた。
ちらちら無言で見られるのが、なんとも気になる。
それはフローレンスも同じようだ。
「どこか、落ち着けるところで考えましょう」
そう言われた。
「そうですね」
わたしは頷く。
フローレンスはわたしの手を握った。
(あっ、やっぱり)
私は心の中で呟く
疑いは確信に変わった。
わたしの手をすっぽり包み込める大きな手はしなやかだがごつごつしている。
女性の手とは思えなかった。
昨日、手を握られた時にそのことに気づく。
だが、気のせいかもしれないとも思った。
ただ手が大きなだけという場合もある。
しかし今、はっきりわかった。
フローレンスは女装している男性だろう。
(シエルのお嫁さんには出来ないのね。残念)
わたしは心の中でため息をついた。
フローレンスに連れられ、部屋を出る。
王宮の中を勝手知ったる感じでフローレンスは進んだ。
「王宮の中のこと、よくご存知なんですね」
フローレンスに手を引かれて歩きながら、わたしは尋ねる。
「ええ」
頷いて、フローレンスは立ち止まった。
わたしを振り返る。
「どうしてだと思いますか?」
逆に聞いた。
「城で働いているか、住んでいるかしているから」
わたしは答える。
「正解です」
フローレンスは頷いた。
満足そうな顔をする。
隠すつもりはないようだ。
「貴方は、誰ですか?」
わたしは尋ねた。
指を三本、フローレンスの前で立てて見せる。
「三つの可能性を、わたしは考えています。一つは、ちょっと男の子っぽいけど実はボーイニッシュなだけの女の子。もう一つは、女装が趣味の女の子になりたい男の子。もう一つは、目的があって女装して参加者に紛れた男の子。……どれが正解ですか?」
真っ直ぐフローレンスを見つめた。
一応、女の子である選択肢は残しておく。
万に一つ、実は女の子でした――となったら、男だと思われたことにフローレンスは傷つくかもしれない。
だが、フローレンスの目は笑っていた。
キラキラ輝いている。
「どれが正解だと思っていますか?」
質問に質問で返してきた。
「それは答えになっていません。そういう返し方、ちょっとウザいです」
わたしは文句を言う。
だが、答えた。
「3番でしょうね」
フローレンスの態度を見るとそう感じた。
「また正解です」
フローレンスはにこやかに笑う。
男だとわかっても、やはり美人だ。
美しさの定義は男でも女でもたいして変わらないのだろう。
だがちょと腹が立ってきた。
(綺麗なだけで世の中、渡っていけると思うなよ)
やっかむ。
「では、私は誰だと思いますか?」
今度はフローレンスの方から質問された。
(それはさっき、わたしが聞きました。ちゃんと答えてよ)
私は心の中で愚痴る。
それを口に出したら面倒なやり取りが増えるだけなのはわかっていたので、素直に答えることにした。
「可能性は、二つ。第三王子の側近の誰か、もしくは王子様本人。わたしとしては王子様本人だと大変厄介なので、側近希望です」
はっきりと口にする。
「何故、厄介なんですか?」
フローレンスは笑った。
さっきからずっと、笑われている気がする。
(バカにされているのかな?)
ちょっと穿った見方をしてしまった。
だが相手が王子だとすれば、これが普通なのかもしれない。
「昨日、貴方はわたしを贔屓しましたよね? あの箱が二つとも当たりなのはわかっていたのでしょう? そもそも、あの箱は埋められてもいない」
わたしはため息をついた。
「埋められていたにしては箱が綺麗過ぎます。湿ってもいなかった。土に埋められていたら、多少は木が水分を吸収して湿るんです。でもあの箱はからからに乾いていた。……そんな贔屓をされるってことは、気に入られたということなんでしょう? 相手が王子様だったら、すごく面倒なことになる気がします」
私は眉をしかめる。
「残念。その面倒な方です」
フローレンスは頷いた。
「……」
「……」
沈黙がしばらくの間、流れる。
「本当に残念ですね」
わたしはため息をついた。
「仲良くなりたいと、自分から思えた人だったのに」
ぼやく。
「仲良くなればいいじゃないですが」
フローレンスこと王子は笑った。
「なりません」
わたしは断る。
「わたし、王子様みたいな主役級の人とは関わりにならないって決めているんです。わたしはその他大勢ですから、その他大勢なりのささやかな幸せを謳歌し、気楽で楽しい人生を送るんです」
宣言した。
「いいですね。私もそういう人生をマリアンヌと一緒に送りたいです」
爽やかな笑顔で言われる。
「……」
私は眉をしかめた。
「あの……。大変言い難いんですけど、その格好、止めてもらえませんか? ちょっと母に似ているから、いろいろやり難い……」
ため息をつく。
母を思い出すので、強く出難かった。
「いいですよ。着替えて、わたしの部屋でお茶でもしましょう」
王子は手を差し出す。
わたしはその手を不思議そうに見た。
「なんですか、この手?」
首を傾げる。
「手を繋ぎましょう。そうしないと、貴女は逃げ出しそうだから」
王子の言葉にドキッとした。
読まれていると思う。
さりげなく、王子から離れて逃げるつもりでした。
「そんなことしなくても、逃げませんよ」
わたしは否定する。
「そんなこと言って、逃げる気ですよね?」
にこやかに笑いかけてくるが、目は全く笑っていなかった。
その圧にわたしは屈する。
渋々、手を差し出した。
指と指の間に王子の指が入ってくる。
いわゆる、恋人繋ぎをされた。
(なんなの、この押しの強さ。もう逃げたい)
そう思っても、逃げ場はない。
わたしはここがどこなのかわかっていなかった。
まったく見覚えのない場所に連れて来られている。
凹んでいるわたしとは対照的に、王子はご機嫌だ。
鼻歌でも歌い出しそうに見える。
「ご機嫌ですね」
嫌味でそう言った。
だが、全く通じない。
「ああ。人生は面白いと、今、初めてそう思っているよ」
子供みたいな顔でそう言われた。
そんな顔をされると、困る。
嫌うことが出来なくなりそうだ。
わたしは元々、他人を嫌うのはあまり得意ではない。
出来るなら、誰とでも仲良くしたい人なのだ。
「それは良かったですね」
わたしはそう言うしかなかった。
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