第17話 第三章 6 夜の庭



 シエルとアークが自分たちの部屋に帰った後、わたしは一人になった。


 深いため息がこぼれる。


 別にお妃様になりたいわけではない。


 その他大勢のわたしには、途中退場は分相応なのかもしれない。


 でも、始めたことを途中で投げ出すのは好きではなかった。


 それが自分の望む結果ではなかったとしても、最後までやりとげたい気持ちがある。


 それがわたしのプライドだ。


 端役にだって、プライドはある。


 だが、それはシエルに悲しい顔をさせてまですることではないのもわかっていた。


 わかっているのに、スッキリしない。


 胸の奥がもやもやして、眠れそうになかった。


 わたしは寝間着に着替えた後、上着を羽織る。


 隣の部屋のシエルに気づかれないよう、そっと庭へ出た。


 夜の風は少し冷たい。


 その冷たさが今は心地よかった。


 胸の中のもやもやを吹き飛ばしてくれたらいいのにと思う。


 意味もなくぶらぶらと歩いていると、気持ちが落ち着いてきた。


 そろそろ部屋に戻って寝ようかと踵を返すと、明かりが見える。


 誰かが近づいてきた。


 ここは大公家の敷地の中で、不審者が入ってくることは考え難い。


 だが、怖かった。


 大声で叫ぶべきか迷っていると、向こうから声をかけられる。




「少し、話をしたい。構わないか?」




 よく通る声に、相手が誰なのかわかった。




「ルイス様ですか?」




 確かめる。


 あまり会いたくない人に会ってしまった。




「ああ。そうだ」




 声が近づき、姿が見える。


 寝間着姿なのか、かなりラフな格好をしていた。




「いいですよ」




 わたしは頷く。


 駄目とは言い難かった。




「あっちに椅子があるので、座りますか?」




 二人で移動する。


 昼間、お茶を飲んだテーブルと椅子があった。


 ルイスは椅子を引いてくれる。


 紳士的な態度に、ちょっと驚いた。


 気遣いは出来るらしい。




(そのわりに、不躾だったけど)




 心の中で愚痴りながら、椅子に座った。


 ルイスは隣に座る。




「なんでしょう?」




 沈黙はただ痛いだけなので、私は早々に口を開いた。


 用件を聞く。




「さっきは不躾だった。すまない」




 ルイスは謝った。


 謝罪されるとは思わなかったので、わたしは戸惑う。


 出鼻を挫かれた感じがした。


 文句の一つも言ってやろうと思ったのに、言い難くなる。


 ため息が出た。




「正直、とても怖かったです」




 わたしは素直に自分の気持ちを話す。




「一体、何がしたかったんですか?」




 尋ねた。




「君がどんな人間なのか、知りたかった」




 ルイスは答える。


 そこに嘘は感じられなかった。




「いき遅れの男爵令嬢ですよ」




 わたしは答える。




「それ以上でもそれ以下でもない、だだのその他大勢です。主役になるつもりなんてないので、そっとしておいてください」




 頼んだ。


 ルイスは何を言われているのか、わからない顔をする。


 だがわたしに説明する気はなかった。




「わたしも一つ、聞いていいですか?」




 話題を変える。




「なんだ?」




 ルイスは頷いた。




「今日の抽選、当たりの色は何色だったのですか?」




 わたしの質問に、ルイスの眉はぴくりと動く。




「何が言いたい?」




 質問には答えず、聞き返された。




「当たりの色が何色なのか、説明がなかったのが可笑しいなと思ったんです。何色が当たりなのか言わなければ、いくらでも合否を操作できますよね?」




 わたしは小首を傾げてルイスを見る。




「いや、無理だろう。後で合格した者と失格になった者が話をして、色が合わないことに気づいたら、お終いだ」




 ルイスは首を横に振った。




「そうですか? そんなの、どうとでもなると思いますよ。不正を防ぐために、定期的に当たりと外れの色を入れ替えていたとか言えば、納得するしかない。実際、途中で何回か当たりと外れの色を変えていたんじゃないですか?」




 問うと、ルイスは否定しなかった。




「何のためにそんなことをするんだ?」




 逆に聞かれる。




「どうしても失格にしたい人がいた……とかじゃないですかね」




 わたしは答えた。


 ルイスは黙り込む。


 どうやら、正解らしい。


 わたしはふっと笑った。


 疑問が解けて、満足する。




「わたしはいいと思います。完全に運任せは怖すぎるもの。それに、相応しくない人が残って王子妃になるのも困ります。将来、王妃になるかもしれない人なのですから。それに相応しい人格と頭脳を持った人を選んでください。この国が、この世界が、変わらず平和で豊かであるように」




 わたしの言葉に、ルイスはしばらく考え込んでいた。




「それは自分を選べということか?」




 思いもしないことを言われて、びっくりする。




「はははっ。まさか」




 笑ってしまった。




「わたし、明日は行きますけどそこで辞退します。シエルが帰りたがっているので、明後日には家に帰ろうと思っています」




 まだ誰にも言っていない話を最初にするのがルイスであることに、不思議な気持ちになる。




「何故だ?」




 ルイスはわかりやすく動揺した。


 目が不安そうに泳ぐ。


 自分のせいかもしれないと責任を感じているようだ。




「もともと、お妃様になるつもりなんてないんです。10位くらいを狙って、賞金を貰おうかなーとは思っていましたけど。一番の目的はお祖父様にシエルを会わせることで、それは叶いましたし、予想外にお祖父様はわたしにも優しくしてくださいました。従兄弟にもその息子たちにも会えたので、満足です」




 責任を感じる必要はないのだと、説明する。




「……」




 ルイスはなんとも微妙な顔をした。




「普通の女性は、王子と結婚するのが夢ではないのか?」




 問われる。




「それは何を普通とするかによるのではないですか? まあ、わたしは自分が普通の貴族女性ではないことは自覚していますけど」




 さすがに、自給自足を目指している自分が普通だとは思っていない。


 結婚に夢を見る女性の方が多いのもわかっていた。




「君の夢はなんなんだ?」




 ルイスは尋ねる。


 わたしはふふっと笑った。


 答えたら、今以上に驚かれるだろう。




「自給自足の生活です。自分の食べるものは自分で作れるって知っていました? 野菜は畑があれば作れるし、お肉は猪や鹿を捌けばいい。お魚は釣ることができます。周りの助けを借りることはもちろんあるけど、自分のことは自分でできるんですよ、わたし」




 ちょっと自慢した。


 実は猪とかを捌けるようになっている。


 前世のわたしにそんな経験はなかった。


 ジビエ料理なんて、食べたこともない。


 だが、テレビで小さな子供が捌いているのを見たことがあった。


 子供に出来るなら、わたしにも出来るだろう。


 そう思って、チャレンジする。


 やってみたら意外と平気だったので、自分の図太さにちょっと驚いた。


 同時に、命を頂く重さを噛み締める。




「本当に変わっている」




 ルイスは呆れた顔で呟いた。




「変わっていたっていいじゃないですか。みんなと同じである必要なんてどこにもないんです。わたしはわたしですから」




 言いたいことを言ったら、すっきりした。




「じゃあそろそろ、わたしは休みます」




 椅子から立ち上がる。




「さっきもそう言わなかったか?」




 ルイスは食後の話を持ち出した。




「今度は本当に寝ます。眠くなってきたので」




 わたしは小さな欠伸を漏らす。




「おやすみなさい」




 そう言って、部屋に向かった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る