第18話 第四章 1 二日目1




 二日目の朝、馬車に揺られてわたしとアルフレットは再び王宮へ向かった。


 昨日とは違い、話さなければいけないことがあるのでわたしの気はちょっと重い。


 だが、黙っていることは出来ないことだった。




「は? 帰る?!」




 打ち明けたら、予想通りの反応が返って来る。


 アルフレットは目を丸くした。




(ですよね~。驚きますよね~)




 わたしは心の中で、びっくりしているアルフレットに同意する。


 わたしも途中で帰ることになるとは思っていなかった。


 何故か、最後の10人には残る自信がある。


 根拠は何もないのだけれど。


 だがそんな気持ちはおくびにも出さず、頷いた。




「うん、明日帰ろうと思っているの。だから、お妃様レースに参加するのは、今日まで。二日間、ありがとう」




 礼を言う。


 アルフレットはわたしをじっと見つめた。


 怒っている。




「何故、帰るんだ? お前の天使のような弟のためか?」




 嫌味な言い方で聞いた。




(お~。ぐさぐさくるな)




 わたしは苦く笑う。




「そう。シエルが帰りたがっているの。もともと、お妃様になるつもりはなかったし、選別に必ず残れるって保障もあるわけじゃない。明日帰っても、レースが全て終わった三日後に帰っても、そんなに違いはないでしょう?……まあ、全て言い訳ですけどね」




 アルフレットに突っ込まれる前に自分で突っ込んでおいた。


 自分で自分に言い訳している自覚はある。


 思っていたよりずっと、わたしはレースを楽しんでいたようだ。


 最後まで参加したかったと思うくらいには。




「レースを辞退するのは、まあ、構わない。だが、急いで帰る必要もないだろう。せめて、帰るのだけは三日後にしたらどうだ? なんなら、もっといてもいい」




 アルフレットは引き止めてくれる。




「ありがとう。でも、畑も心配だし、お父様のことも気になるし。やっぱり、直ぐに帰るわ」




 わたしは首を横に振った。




「……」




 アルフレットは黙り込む。


 考える顔をした。




「大公夫人の話、本気で考えるつもりはないのか?」




 真剣な目でわたしを見る。




「アルフレットと結婚するって話?」




 わたしは小さく笑った。




「まだ、大公ではないでしょう?」




 アルフレットをからかう。


 わかっていて茶化した。


 だが、アルフレットは誤魔化されてはくれない。




「心配しなくても、次の次の大公は私だ。私と結婚して、ルークとユーリの母親になればいい。お前の天使は馬車で三日もかかるところに姉を嫁にやるつもりはないと言ったが、遠く離れるのが嫌なら、父親と弟も王都に住めばいいだろう? 屋敷を用意してもいいし、部屋は余っているのだから我が家に住んでもいい。もともと親戚なのだから、家に居候しても問題はあるまい」




 真顔で口説かれる。




「そこまで言ってもらえるのは嬉しいんだけど、それじゃあ駄目なの。領主が長い間領地を離れたら、不届きなことを考える人間が出てくる。それは領地の中から出るかもしれないし、近隣から誰かが手を出すかもしれない。そうなったら、困るのは領民でしょう? お父様はなかなか良い領主なの。領地は平和で豊かだわ。私はそんな自分の故郷が大好きだし、そこに生きている人たちを守りたい。わたしたちがみんなで一緒に王都に住むなんて、現実的ではないのよ」




 わたしの言葉に、アルフレットは深いため息をもらした。




「本当に他人のためばっかりだな」




 シエルみたいなことを言う。




「シエルが何か言っていた?」




 わたしは尋ねた。


 アルフレットは拗ねた顔をする。




「あれは天使などではないだろう。自分が反対するから、私とお前の結婚は絶対にないと言い切った。自分が姉さん行かないでと泣けば、姉は絶対に結婚することはないと」




 それを聞いて、わたしはにやける。


 ちょっと嬉しかった。




「泣く必要なんかないわ。シエルが嫌だと言うだけで、わたしは簡単に結婚を取りやめるもの。弟を悲しませてまで結婚する必要なんてないでしょう?」




 そんな私にアルフレットはただ呆れる。




「つくづく、わたしは母とは違うんだと実感するわ。わたしには母のように家族を捨て、自分の恋に猪突猛進するなんて出来ない。そういうのはやっぱり主役の人の仕事なのよ。その他大勢のわたしにそんな大役を求められても困るのよね」




 私はため息をついた。


 意味がわかっていないだろうに、アルフレットは黙っていてくれる。


 空気を読んだ。




「寂しくなるな」




 ただ、そう呟く。




「大丈夫よ。わたしたち、従兄弟ですもの。血が繋がっている、親戚なのよ。他人ではない」




 わたしはアルフレットを宥めた。




「お前の大丈夫は全然大丈夫じゃない気がする」




 アルフレットは恨めしげにわたしを見る。


 わたしは笑うしかなかった。




「今度はアルフレット様がルークとユーリを連れて遊びに来ればいいんですよ」




 提案する。


 それは満更でもなかったようだ。


 アルフレットは『そうだな』と頷いた。






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