第16話 第三章 5 もう一人の従兄弟




 気まずい顔をしたら、気まずい顔をされた。




(あっ、この感じ。覚えられている)




 わたしは確信する。


 そんなわたしの様子に目敏くシエルが気づいた。




「姉さん?」




 呼びかけられる。


 何かしたの?と目で問われた。




(2回ほど、怒られただけです)




 わたしは心の中で答える。


 さすがにみんなの前で怒られた話はしたくなかった。


 それは言わなくていいことにわたしの中では分類されている。




「今日は早いんだな」




 アルフレットがルイスに話しかけた。




「兄さんこそ、居間にいるなんて珍しいですね。というか、どうしてみんな集まっているんですか?」




 ルイスは不思議そうな顔をする。


 わたしはそんな二人の会話をなんとなく聞いていた。


 ルイスはアルフレットが仕事を休んでわたしに付き添ったことを聞いて、呆れる。


 お妃様レースのせいで暇なのだと、アルフレットは反論した。


 第一王子の側近である父親は忙しそうなのにとルイスは言い返す。


 アルフレットはムッと口を尖らせた。


 口調はけんか腰だが、実は仲がいいように見える。


 互いに相手に心を許しているのがわかった。


 男の子の兄弟はこんな感じが普通なのかもしれない。




 そこにセバスが食事の準備が出来たと呼びに来た。


 わたしたちは食堂に移動し、夕食を食べる。


 たくさん遊んだ子供たちはお腹が空いたようだ。


 昨日よりたくさん食べている。


 お腹が一杯になると眠くなったらしい。


 こくりこくりと舟をこぎ始めた。


 お茶やデザートを頂く前に、睡魔に屈する。


 使用人に抱きかかえられ、子供たちは連れて行かれた。


 大人たちは居間に移動する。


 お茶とデザートが用意されている間、わたしはシエルと話をしていた。


 並んでソファに座る。




「ルイス様に何をしたの?」




 こそっと問われた。


 シエルがどうしてそんなことを聞くのかわかる。


 食事の間、不自然なほどルイスはこちらを見ていた。


 観察されている気がする。


 そのことにわたしだけでなく、シエルも気づいたのだろう。




「何もしていないわ」




 わたしは否定した。


 観察される理由に心当たりはない。


 むしろわたしが聞きたいくらいだ。


 ちらりとわたしはルイスを見る。


 向かい合うソファに座って、やはりこちらを見ていた。




(どうしよう。聞いた方がいいのかな?)




 わたしは迷う。


 このままスルーした方がいい案件なのか、問い詰めるべき案件なのか、判断がつかなかった。


 ルイスが何を考えているのか、まったくわからない。




「いくらなんでも不躾すぎないか?」




 困っていると、アルフレットが助けてくれた。




「見すぎだ」




 ルイスを注意する。




「そうか?」




 だが、ルイスはまったく意に返さなかった。




(なんなの、この人。怖い)




 わたしは身の危険を感じる。


 何がどう危険なのかわからないが、ここにいてはいけない気がした。




「わたくし、今日はいろいろと疲れたので部屋に戻ってもいいですか?」




 しおらしく尋ねる。


 ルイスを警戒し、言葉使いにも気を遣った。




「そうだね、姉さん。もう休もう」




 シエルが賛成してくれる。




「それでは、お茶はお部屋の方へお運びしましょう」




 セバスもそう言ってくれた。












 シエルにエスコートされ、わたしは自分の部屋に戻った。


 シエルは部屋の中までついてくる。


 姉弟でも夜遅くに二人きりは不味いので、アークも呼んだ。


 ずっと姿を見かけなかったのでどうしていたのか聞くと、屋敷の使用人たちの手伝いをしていたらしい。


 屋敷にいる間は、基本的にわたしたちの世話は屋敷のメイドがしてくれる。


 アークの仕事はなかった。




「わざわざついて来てくれたのに、なんだか悪いわね」




 謝ると、別に構わないと言われる。


 それよりお妃様レースのことが聞きたいとせがまれた。


 お茶が運ばれてくるのを待ってから、わたしは今日の出来事を話す。


 アークに話していると気持ちが落ち着いた。


 一緒にいてくれることが、とても心強い。




「なんだかもう、帰りたくなってきた。畑は大丈夫かな。お父様は元気かしら?」




 心配すると、シエルは笑った。




「そこは畑より父様を先に心配してあげて」




 尤もなことを言われる。




「でもね、お父様は人間だから自分で立って自由に動けるし、使用人たちもいるから困ることはないの。でも、畑の作物たちは自分では動けないのよ。人間が手をかけてあげなければ実らないのだから、畑の方がやっぱり心配だわ」




 ため息が出た。




「畑はじいさんが面倒を見ているから、大丈夫ですよ。帰ったら、前より元気になっているかも」




 アークが笑う。




「それはそれで複雑ね」




 わたしも笑った。




「ところで、本当に心当たりはないの? ルイス様のこと」




 シエルが心配な顔をする。




「第三王子の側近だなんて、嫌な予感しかしないんだけど」




 眉をしかめた。




「……二回ほど、ちょっと叱られた覚えしかない」




 わたしは打ち明ける。


 シエルがあまりに気にするから、黙っていられなくなった。




「何、それ?」




 怒られる。


 わたしは説明した。




「それくらいのこと、別に問題はないんじゃないか?」




 アークがフォローしてくれる。




「わたしもそう思う。ちょっと迷惑をかけたけど、じっと観察されるようなことではないと思うの」




 わたしは頷いた。


 シエルはじっとわたしを見る。


 思いつめた顔をした。




「お妃様レースに出るのは止めて、もう家に帰らない? 賞金なんて、いらないから」




 静かな声で囁く。




「えっ……」




 わたしは固まった。


 初めから、シエルはレースに出ることに賛成ではない。


 たが途中で帰ろうと言い出すとは思わなかった。


 確かに、帰りたい気持ちはある。


 だが心残りもあった。


 今帰ったら、あの背の高い美少女に会うことは二度とないだろう。


 わたしはもう一度、あの子と話がしたかった。


 せめて名前くらいは聞いておきたい。




「帰るのは、明後日にしない?」




 わたしは提案した。


 シエルが帰りたいというなら、わたしは構わない。


 賞金より何より、わたしにはシエルの方が大事だ。


 でもだからこそ、まだ帰れない。




「明日は、お城に行きたいの」




 わたしは頼んだ。




「姉さん」




 シエルは複雑な顔をする。




「大丈夫よ。明日行ったら、それで終わり。みんなで家に帰りましょう。お父様も待っているし、畑も心配だから」




 わたしはにこっと笑った。




「……姉さんが、そうしたいなら」




 シエルは頷く。




「ありがとう、シエル。大好きよ」




 わたしはシエルの手を握った。




「マリー様、オレは?」




 アークが寂しそうな顔をする。




「アークも大好きよ」




 わたしは片手をアークに差し出した。


 アークはその手を握る。


 3人で手を握り合い、わたしたちは笑った。


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