第13話 第三章 2 運も実力の内
時間になったのか、鐘の音が鳴り響いた。
広間の扉が閉められる。
人はわたしたちが来た時よりさらに増えていた。
結構詰まってきている。
わたしは壁に寄りかかっていた身体を起した。
前の方がざわざわする。
王子が現れたのだろう。
高いところに登壇しているが、顔はよくわからなかった。
前の方に行かないと見えないというのはこういうことかと実感する。
この世界にはモニターなんてものはない。
遠く離れれば、見えなくなるのは当然だ。
この世界で28年も生きているが、今でも前世の便利な世界が恋しい時がある。
つくづく、21世紀は便利な時代だった。
離れてもモニターに大きく映し出されるので登壇者の顔がよく見えたし、マイクを通して声もよく聞こえる。
今は金色の髪がきらきらしていていかにも王子様という感じがすることしかわからなかった。
何か話しているが、声もいまいち聞き取れない。
王子の後ろには他にも人がいた。
誰なのかこっそりアルフレットに聞くと、第一王子と第二王子だと教えてくれる。
どの王子もしゅっとしていてスタイルがいい。
いかにもモテそうな感じがした。
主役のオーラが王子たちからは見える気がする。
第二王子が壇上にいるのに側近が仕事しなくていいのかわたしは気になった。
すると、私の付き添いのために休みを取ったと言われる。
そんな簡単に休めるような仕事なのかと、少しばかり引いた。
それが顔に出ていたらしく、お妃様レース期間中は第三王子の側近は忙しいが、第一王子と第二王子の側近は暇なのだと言い訳される。
二人の兄たちも第三王子と一緒にレースを観覧するらしい。
第一王子や第二王子の妃に選ばれることもあるというのはそういうことのようだ。
合理的だなと思っていると、本日の選別方法が発表される。
何やら大きなものが前の方を移動していた。
気になったが、人の陰になって見えない。
(モニターに映して欲しい)
心からそう思った。
アルフレットの言うとおり、前に行くのが正解だったらしい。
だが、あの怖いお姉さんたちの側には寄りたくなかった。
(その他大勢のわたしには、真ん中くらいがちようどいいしね)
自分に言い訳する。
せめてと思って、背伸びしたり身体を左右に動かしたりなんとか見ようと努力した。
だが、木製の何からしいということしかわからない。
わたしは諦めた。
説明の方に意識を向ける。
「今から一人ずつ前に出て、こちらを回してもらいます。回せるのは一人、一回です。当たりが出たら合格。はずれが出たら失格です」
状況がいまいちよくわからないが、完全に運任せなことはよくわかった。
王妃になるのは運も必要なのだろう。
そして、説明してくれる人の声がよく通るいい声でとても聞きやすかった。
王子にも見習って欲しい。
今後も説明は全部この人にお願いしたい。
「今、説明しているのがルイスだ」
アルフレットが教えてくれた。
いつの間にか真後ろに立っていて、耳元に囁かれる。
ビクッ。
身体が固まった。
「……」
何も言わず、アルフレットを振り返る。
「なんだ?」
アルフレットは首を傾げた。
「近すぎる。もう少し離れるか、隣に並んで」
移動するように頼んだ。
不満そうな顔で、アルフレットは横に並ぶ。
「私の何が気に入らない?」
そんなことを聞かれたが、むしろ昨日の出会いから今までの間に、どこに好きになれる要素があったのか、こっちが聞きたいくらいだ。
「お断りしましたよね?」
小声で囁く。
「諦めるとは言っていない」
同じように小声で言い返された。
頭を抱えたくなったが、アルフレットのことは嫌いではない。
誰かに性格が似ていると思ったら、母だと気づいた。
(押しが強いのは大公家の血筋なのかしら)
そんなことを考えている間に、選別が始まる。
ガラガラと音がした。
その音に、聞き覚えがある。
(何の音だろう?)
思い出そうとしていると、人が少し減ってきた。
選別を終えた人が移動しているらしい。
合格者の歓喜の声と失格者の絶望の呻きの落差が激しくて、見ているこっちが苦しくなった。
前列の気合が入り捲くった人たちは合格より失格が多いように見える。
(ああ。悪役にもなれずに退場なのね)
リーダーっぽく見えた一番厄介そうな彼女は失格のようだ。
がっくりと肩を落としている。
そんな彼女に遠慮して、取り巻きたちは合格してもあまり喜べない。
運任せなんて大胆なことをするなと思ったが、ちょっと作為的なものを感じた。
落としにくい人をこうやって落としているのではないかと思えてくる。
だが、そんな仕掛けが出来そうな装置には見えなかった。
参加者が回しているのは、前世でよく見た丸に近い多角形の木箱を回して当たりの玉を出す抽選の機械だ。
正式な名前は知らないが、わたしは勝手にガラガラポンと呼んでいる。
まわすとガラガラ音がして、玉がポンと出てくるからだ。
ガラガラ音がするのも一緒で、懐かしい気持ちになる。
中に入っているのは木で作った玉らしい。
周りから聞こえてくる会話から察するに、赤と青に染められているようだ。
前にいた人たちがごっそりといなくなると、後ろにいた人たちがどんどん前に詰める。
ガラガラポンへの列が出来ていた。
その後ろには王子たちが並んで座っている。
出てくる玉の確認と、参加者への顔見せのようだ。
ガラガラポンを回す人は王子の顔を間近で見ることが出来る。
それが貴重なことなのはわたしにもわかった。
「なかなかいい考えね」
わたしは感心する。
ガラガラポンで外れて失格になっても、王子の顔を間近で見られたという記念は残る。
それだけで、失格者から出る不満は減るだろう。
もともと、100人を50人にすることはわかっていた。
不正が出来ない分、公平ですっきりする。
「そろそろ行ってくる」
人が三分の一くらいに減った頃、わたしはアルフレットに言った。
「ここまで待ったんだから、どうせなら一番最後に行けばいいのに」
アルフレットの言葉に、わたしは笑う。
「そういうこと考えている人、10人はいると思うわよ」
誰が最後に回すか、牽制しあう姿が見えるようだ。
そんな面倒なことに関わるつもりはない。
(このくらいのタイミングが、端役としてはベスポジです)
わたしは気楽にガラガラポンの列に向かった。
その途中、どこかおどおどと困っている女の子を見かける。
列に入りたいけど、入り損ねているようだ。
みんなその子のことを無視して列に並んでいく。
中には王子に見惚れて、周りが見えていない子もいるようだ。
(お節介!!)
頭の中で、シエルの声が聞こえる。
叱られてしまった。
自分でもそう思う。
だが、わたしはその子を放っておくことが出来なかった。
「どうしたの?」
声をかけながら近づく。
思いのほか背が高くすらっとしている子だ。
モデル体型らしい。
女の子は振り返った。
かなりの美少女で、びっくりする。
そんな可愛い子だなんて思わなかったので、ちょっと戸惑った。
周りの子はわざと彼女を列に入れなかったのかもしれない。
彼女には主役のオーラがキラキラしていた。
「一緒に、並ばない?」
わたしは誘う。
「ありがとうございます」
女の子は礼を言った。
ちゃんとお礼が言えるいい子らしい。
(こういう子が選ばれるのね)
わたしは確信した。
可愛いし性格も悪くなさそうだ。
ぎらぎらした子たちではなくこういう子にわたしは王妃になって欲しい。
「どういたしまして」
にこっと笑う。
彼女もにこっと笑い返してくれた。
わたしは珍しく、ドキッとする。
(あら、いい子)
シエルのお嫁さんにどうかなとか考えてしまった。
ちょっと背が高すぎるが、シエルとは釣り合いが取れなくもないだろう。
何より、美男美女だ。
可愛い子供が生まれてくるに違いない。
(我が家のお嫁さんにスカウトしたい!!)
わたしは完全に親の気分になっていた。
その子ともっとお話したい。
だが、会話が出来るような雰囲気ではなかった。
ガラガラポンが近づくにつれ、空気がピリピリしてくる。
他の子の緊張が伝わってきた。
列はガラガラポンの2メートルほど手前で終わる。
そこからは先に進めるのは一人だけだ。
王子たちの前に歩み出て、ガラガラポンを回す。
どの子も顔が強張っていた。
当たるといいわねと、他人事のように考えてしまう。
例の可愛い子はわたしの前に並んでいるので、先にガラガラポンのところへ進んだ。
無事に合格したらしく、合格者の控え室に案内されていく。
良かったと思うが、シエルの嫁にと考えている私にとっては少し残念でもある。
失格だったらナンパしようと目論んでいた。
だがそんなことを考えている場合ではない。
次はわたしだ。
「次」
説明の時に聞いたよく通る声が響く。
アルフレットの弟だというルイスの顔をわたしは確認した。
アルフレットとはあまり似ていない。
アルフレットがやんちゃな感じなら、こちらは冷静沈着な秘書タイプだ。
いかにも仕事が出来そうに見える。
アルフレットもああ見えて、苦労しているのかもしれない。
優秀な弟がいると、兄は大変だろう。
少し同情を覚えた。
「次っ」
ぼーっとルイスの顔を見ていたら、イラッとした声で急かされる。
わたしははっとした。
「ごめんなさい」
列を止めてしまっていることを謝る。
まだまだ人が残っているのに、迷惑をかけてしまった。
流れを止めてしまって、心苦しい。
急いでガラガラポンまで進み、直ぐにガラガラと回した。
ゆっくり王子たちの顔を見る余裕もない。
前世のわたしはこのガラガラポンを回すのが結構好きだった。
商店街の抽選券を積極的に集める。
ただ、勝率は良かった覚えがない。
その他大勢らしく、当たっても5等とかそういう感じだ。
ポケットティッシュがボックスティッシュになるくらいのUPしかしない。
(確率は半分だから、当たると信じよう)
その他大勢のわたしでも、それくらいの運は持っているはずだ。
青い玉がころんと出てくる。
(あっ。はずれた)
ちょっと凹む。
さすがに残念に思った。
「合格です」
しかし、そう言われる。
「え?」
わたしはきょとんとした。
「次の人が来るので、早く移動してください」
ルイスに叱られる。
「すいません」
わたしはまた謝ることになった。
急いで合格者の控え室の方へ向かう。
赤と青なら赤が当たりだと思っていたが、あたりは青だったらしい。
ちらりと王子を見ると、青い瞳が見えた。
だから、青が合格なのかもしれない。
とりあえず、わたしは一日目の選別をクリアした。
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