第14話 第三章 3 鏡の中のやさしさ




 わたしとアルフレットは馬車に乗って大公家に戻った。


 朝、返した馬車が近くまで迎えに来てくれる。


 あの後、合格者の控え室に案内されたわたしは名前を確認された。


 一覧に書き加えられる。


 そして、翌日の集合時間について教えられた。


 手続きのようなものはそれだけで、あっさり帰される。


 正直、拍子抜けした。


 自分が本当に合格したのか、信じられない気持ちになる。


 馬車の中で黙っていると、アルフレットに心配された。




「何かあったのか?」




 問われる。




「何もないわ。終わったら、どっと疲れを感じただけ」




 正直に答える。


 自分では緊張していたつもりはなかったが、実は気を張り詰めていたのかもしれない。


 人疲れした。


 たくさんの人がいたから、その熱気に当てられたのだろう。




「早く帰って、シエルの顔が見たい」




 わたしはぼやいた。




「そんなに弟が可愛いのか?」




 アルフレットは理解できないという顔をする。


 アルフレットの弟はあのルイスだということを思い出したわたしはふっと笑った。




「可愛いわよ。わたしの弟は天使だから!!」




 勝ち誇る。


 勝手にルイスとシエルを比べた。


 ルイスは美形で仕事も出来そうだが、天使のような可愛らしさでシエルの方が圧勝している。




「何でそんなに偉そうなんだ?」




 アルフレットは苦笑した。




「ルイスよりシエルの方が勝っていると思うから」




 わたしは答える。




「でも、アルフレットも大変ね。出来すぎる弟を持つとお兄ちゃんは頑張らなきゃならないもの」




 同情すると、ムッと顔をしかめられた。




「何故、私が仕事が出来ないことを前提に話をする」




 怒られる。




「出来そうには見えないから」




 うっかり正直に答えてしまって、さすがに言い過ぎたかと反省した。


 アルフレットは妙に気安くて、つい余計なことを口にしてしまう。




「そんなに出来ないように見えるのか?」




 アルフレットは落ち込んだ。


 わたしは慌てる。




「いや、ルイスが優秀そうに見えるだけで、アルフレットが悪いわけじゃないと思う。優秀な秘書とちょっとワンマンな社長くらいの感じだから大丈夫。アルフレットにはアルフレットの良さがあるんだから、自信を持って!! 落ち込む必要はないのよ」




 馬車の中で向かい合って座っているアルフレットはうな垂れていた。


 その顔を覗き込むようにして、励ます。


 顔を近づけたら、チュッと触れるだけのキスをされた。




(!?)




 わたしは驚いて、飛び退く。




「……」




 顔をしかめて、アルフレットを睨んだ。


 アルフレットはしてやったりという顔をする。


 いたずらが成功した子供みたいだ。




「騙したの?」




 わたしは怒る。


 頬を膨らませると、ふんっとアルフレットは鼻を鳴らした。




「優秀な弟と比べられることには慣れている。今さら、落ち込んだりしないさ」




 その言葉が強がりであることがわかってしまったから、わたしはそれ以上怒れなくなる。




「それでも、わたしが言い過ぎたわ。ごめんなさい。アルフレットはアルフレットのままでいいのよ」




 わたしの言葉に、アルフレットは少し照れた顔をした。




「急にしおらしくなったな」




 笑って、窓の外を見る。


 わたしも同じように外を眺めた。


 大公家の門を通って、すでに敷地の中に入っている。


 玄関の前に迎えに出てきた人たちが見えた。


 そこには朝にはいなかったお祖父様もいる。


 アルフレットはそれに気づいて、少し驚いた顔をした。












 出迎えてくれたみんなはすでにわたしが合格したことを知っていた。


 喜んでくれる。


 みんなが喜ぶ様子を見て、わたしは合格した実感が湧いてきた。


 庭にお茶の用意がしてあるというので、ぞろぞろとみんなでそちらに向かう。




「姉さん。大丈夫?」




 歩きながら、シエルが聞いてきた。




「疲れた顔をしているよ」




 心配してくれる。




(本当に天使っ!! ぎゅーしたいっ!!)




 抱きつきたくなったが、さすがに我慢した。


 みんながいる前では、姉弟でも不味い。




「シエルの顔を見たから、元気が出たわ。大丈夫」




 にこっと笑うと、シエルの向こうにいるアルフレットト目が合った。


 呆れた顔をされる。




(いいじゃない。仲良きことは美しきことなのよ)




 何か言いたげなアルフレットにふんとそっぽを向いた。


 そんなわたしとアルフレットを見て、シエルが複雑な顔をする。




「なんか、仲良くなっていない?」




 眉をしかめた。




「気のせいよ」




 わたしはきっぱり否定する。


 アルフレットは何も言わなかった。












 綺麗な庭の真ん中にテーブルと椅子が置いてあった。


 そこでわたしたちはお茶を飲む。


 みんなが城でのことを聞きたがった。


 わたしは気合が入った怖い人たちがいたことや、比較的年齢が高かったことなどを話す。




「もっと浮くことを覚悟していたのに、そうでもなかったわ」




 良かったと安堵すると、シエルに笑われる。




「そもそも姉さんは年より若く見えるよ」




 本人はフォローのつもりだろうが、それはただ子供っぽいということではないだろうか。


 ちょっと複雑な気持ちになったが、シエルの優しさなので受け取っておく。




「あとは……、ルイス様を見ました。よく通る声で説明が聞きやすくて。今後もぜひ、説明は彼にして欲しいです」




 お祖父様に向かってにこやかに笑うと、シエルに不思議そうな顔をされた。


 ルイスが誰なのか、わからないらしい。




「アルフレット様の弟で、第三王子の側近だそうよ」




 シエルに説明した。


 わたしはもう一つ、シエルに話したいことがあるのを思い出す。




「それから、すごく可愛い子がいたの」




 真っ直ぐ、シエルの顔を見た。




「?」




 シエルは不思議そうに首を傾げる。


 何故、自分にそんなことを言うのかわからないらしい。




「背が高くて、年は……シエルより上かも知れないけど、美少女だったの。あまりにも美人さんで、振り返って顔が見えた時にはドキッとしたわ。性格も良さそうだし、ぜひ、シエルのお嫁さんに欲しいわね」




 同意を求めると、なんとも困った顔をシエルはした。




「姉さんは何をしに行っているの?」




 ため息をつく。


 周りが呆れた顔をしていることにわたしは気づいた。




「だって、お妃になれるのは多くても3人よ。第一王子や第二王子に選ばれても、全部で6人。ということは、あの場にいた94人は余るのよ。その中に、シエルのお嫁さんに相応しい子がいたら、声をかけたくなるのは当然じゃない? ハイエナのような子にシエルをやるのは嫌だけど、美人で性格もいい子なら、わたしも上手くやれるかもしれないし……」




 言い訳する。


 周りは不自然に黙り込んでいた。


 沈黙が痛い。




「そんなに、駄目?」




 わたしは落ち込みながら、聞いた。


 自分でもちょっとどうかと思わないわけではない。


 だが、選ばれないたくさんの女性が出るのも事実だ。


 彼女たちが妃になる以外の幸せの道をあの場で探すことが悪いこととは思えない。




「まあ、姉さんらしいよね」




 シエルは小さく笑った。


 誉め言葉ではないのはわかったが、許してもらえたらしい。




「本当に良さそうな子だったの。仲良くなりたいなって思ったから……」




 さらに言い募ると、どういうところがそう思ったのか聞かれた。




「えっと……」




 わたしは気まずい顔をする。


 シエルから目を逸らした。


 それだけで、シエルは何か察したらしい。




「何をしたの?」




 笑顔で聞いてきた。


 目が笑っていない。




「何もしていません。ただ……」




 明後日の方をわたしは見る。




「列に入れなくて困っていたから、一緒に並びましょうと声をかけただけ」




 ぼそほそと答えた。




「いや、何か叫んでいただろう?」




 アルフレットが余計なことを言う。


 シエルはじっとわたしを見た。


 わたしは正直に打ち明ける。




「列の最後がね、よくわからなかったの。みんなが次々と並ぶから、どこが最後なのかはっきりしなくて。だから、列に並んでいる人たちに聞いてみたの。一番最後はどこですかって。自分が最後だと思う人は手を上げてくださいって」




 叫ぶと、女の子たちはざわざわした。


 そして一人の女の子がおずおずと手を上げる。


 わたしはその子の後ろに並んだ。


 手を上げて、ここが最後ですとアピールする。


 するとわたしの後ろにも列が出来、最後に並んだ子が自然に手を上げた。


 列の最後がはっきりしたので、その後はみんなスムーズに列に並んでいく。


 きちんと整列されていて、元日本人としてはとても気持ちがいい。




「みんなが気分良く列に並べたのだから、何も問題はないでしょう?」




 シエルに聞くと、疑いの目を向けられた。




「でも、姉さんは何か不味いことをしたと思ったから、隠したんだよね?」




 問い詰められる。




「淑女として、大声を出したのは不味かったかなと、後から思いました」




 白状した。




「まあ、あれくらいなら構わないだろう」




 シュンとしたわたしを可哀想に思ったのか、アルフレットがフォローしてくれる。


 シエルは苦く笑った。




「心配だから、あまり目立つことはしないでね?」




 可愛い顔で頼まれて、わたしはこくこくと何度も頷く。




「大丈夫。目立ったりしないわ」




 わたしはその他大勢ですもの――心の中でそう付け加えた。


 ただ、あの可愛い子とはお友達になろうと思う。


 お妃様より男爵夫人くらいの方が気楽で幸せかもしれない。


 そんな人生もいいのではないかと説得する気でいた。












 お茶を飲み終えると、子供たちは庭で遊び始めた。


 大人(?)の話に飽きたらしい。


 そこにシエルが巻き込まれる。


 二人が呼びに来た。


 どうやら、今日一日でだいぶ仲良くなったらしい。


 わたしはそこにアルフレットも混ぜてくれるよう、子供たちに頼んだ。


 アルフレットは驚く。


 ルークは戸惑った顔でわたしを見た。


 ユーリは嬉しそうにアルフレットの手を掴む。


 わたしはにこっとルークに笑った。


 ルークは頷き、アルフレットのもう片方の手を掴む。


 アルフレットは子供たちに連れて行かれた。


 シエルは笑いながら、子供たちと遊んであげている。


 可愛い子達がじゃれ合う姿はとても心が和んだ。


 アルフレットも顔はいいので、天使たち三人に混じっても引けは取らない。


 うっとりとその様子を眺めていたら、お祖父様に話しかけられた。




「お前たちは母親似だな」




 ぼそっと呟かれた言葉に、わたしはお祖父様を見る。




(タチ?)




 引っかかりを覚えたが、シエルのことだろう。




「そうですよね。シエルはお母様に似て、美人なんです」




 わたしは自慢した。




「いや、シエルよりマリアンヌの方が似ているだろう。性格が」




 予想もしないことを言われて、わたしは固まる。


 今まで、そんなこと誰にも言われたことがなかった。




「……性格、似ていますか?」




 ショックを受ける。




「そっくりだな」




 お祖父様は頷いた。


 誉めているつもりなのかもしれないが、それは少しも誉め言葉ではない。


 お母様のあの性格はあの容姿だから許されたのだ。


 同じことをしても、許される人と許されない人が世の中にはいる。


 わたしの普通の容姿であの性格は許されないだろう。


 ウザイだけに思えた。




「ショックです」




 わたしは落ち込む。




「優しい性格だと、誉めたのだが」




 お祖父様は戸惑う顔をした。




「……」




 わたしは恨めしげにお祖父さまを見る。




「わたしは優しくなんて、ありません」




 首を横に振った。


 わたしは別に優しいわけではない。


 ただ、優しくありたいと努力しているだけだ。


 本当に優しい人なら、たぶん何も考えずに優しく出来るのだろう。


 だがわたしはそうではないから、考えてから行動する。


 わたしの優しさは、自分が優しくされたい気持ちの裏返しだ。


 人は鏡のようなものだとわたしは思っている。


 相手にしたことと同じことが自分に返ってくる。


 優しくすれば優しさが返ってくるだろう。


 わたしの優しさは計算された優しさだ。


 本物ではない。




 それを説明したら、お祖父様は笑った。




「それを優しいと普通は言うのだ」




 諭される。




「そうでしょうか?」




 わたしは納得できなかった。


 だが、反論するほどのことでもない。


 誉められたのだから、その気持ちはありがたく受け取っておくことにした。












 アルフレットは子供たちに振り回されていた。


 だが、悪い気はしない。


 子供たちの楽しそうな顔を久々に見た。


 亡くなったアルフレットの妻はもともと身体が弱く、ユーリを産んでからはほとんど寝たきりになってしまった。


 子供たちと遊んでいる姿なんて見たことないし、子供たちが走り回っている姿をそもそも見かけたことがない。


 こんなに元気なことを知らなかった。


 マリアンヌに感謝するべきなのかもしれないとさすがに思う。




「お前の姉はいったいどういう生き物なんだ?」




 一緒に子供たちと遊んでいるシエルに聞いた。




「生き物ですか?」




 シエルはふっと笑う。




「あの人は特別です。裏も表もなくて、貴族には向かない。頭が良くて周りのことはよく見えているのに、自分のことには無頓着だ。あの人の関心はいつも外に向けられていて、自分の内側にはないのでしょうね」




 シエルの説明は的確で、さすが弟だとアルフレットは感心した。




「前向きなのか後ろ向きなのかわからないな。広間で前の方へ連れて行こうとしたらこの辺でいいと真ん中くらいで遠慮して立ち止まるくせに、大きな声を出してその場を仕切ったりする大胆さも持っている。何を考えているのかよくわからないが、何も考えていないのかもしれないな」




 悩んでいると、シエルは楽しそうに笑う。




「可愛い人でしょう? 好きにならないでくださいね」




 綺麗な顔でにっこり笑って釘を刺された。




「……」




 アルフレットはじっとシエルを見つめる。




「マリーはお前のことを天使だと思っているようだが、天使ではないよな?」




 確認した。




「もちろん違いますよ。天使がいるとしたら、姉さんの方です。でもそんなこと、姉さんは気づかなくていいんです。僕だけの天使でいて欲しいので。だからくれぐれも、姉さんに目立つようなことはさせないでください。うっかり王子の目に止まって、好きになられたりしたら面倒ですから」




 にこやかに笑いかけてくるが、目が全然笑っていない。




「マリーが今まで結婚できなかったのは、お前が邪魔をしていたからじゃないよな?」




 アルフレットは思わず聞いてしまった。




「さすがに違いますよ。姉さんが適齢期の頃は僕もまだ子供だったので。でもまあここ数年は、いき遅れた娘をもらってやろう的な上から目線の縁談は全て潰しましたけどね。大切な姉を後妻に出すとかありえないでしょう? そういうことでアルフレット様も却下なので、姉に手を出さないでください」




 しつこく釘を刺し続けられる。


 馬車でキスしたことを知られているのかと思うほどのくどさだ。




「妃になるよりは大公夫人の方がいいと思うが、駄目なのか?」




 アルフレットは問う。




「馬車で三日の距離なんて、ありえませんね」




 シエルはばっさり、斬り捨てた。




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