第12話 第三章 1 参加者




 翌日、街はお祭り騒ぎだった。


 お妃様レースは完全にイベント化している。


 わたしはシエルやアーク、そしてルークとユリウスに見送られて、大公家を馬車で出発した。


 車窓から街の様子を眺める。


 昨日も少しだけ王都を通ったが、まっすぐ大公家に向かったのであまり街の中は走らなかった。


 今日は街の様子を楽しむ。


 たくさん人が出ていて、どの顔も浮かれていた。


 わたしにはそれが国が豊かで安定している象徴に思える。




「みんな楽しそう」




 わたしが笑うと、アルフレットが意外な顔をした。




「緊張していないのか?」




 問われる。




「緊張? する必要、あるの?」




 逆にわたしは聞いた。


 例えば、これがお見合いで今から王子に会いに行くとかいうならさすがに私も緊張するだろう。


 だが、今からわたしが会うのは自分を覗く99人の出場者だ。


 緊張する必要を感じない。


 そう説明すると、ははっと声を上げて笑われた。




「本当に変わっている」




 失礼なことを真顔で言われる。


 だがそれにいちいち突っ込むのは止めた。


 行く前から疲れてしまうだろう。




「ところで、付添い人ってなんなんですか?」




 わたしは尋ねた。


 昨日、自分の部屋に戻ってからもう一度招待状に目を通した。


 付添い人についての記述を探す。


 だが、どこにも付添い人については書いていなかった。


 ただ、最後の10人に残ったら従者の同行を許可するとは書いてある。




「付添い人というのは、わかりやすく言えば推薦者だ」




 アルフレットは説明してくれた。


 お妃様レースに参加するためには、家族以外の推薦者が一人必要らしい。


 そして付添い人に関する知らせは昨日、王都に張り出された。


 参加者は少なくとも昨日から王都にいる。


 その程度の情報も入手出来ないような娘には王妃になる資格がそもそもないということらしい。




「なかなか性格の悪いことをしますね」




 わたしはため息をついた。


 どうやら、アルフレットに助けられたらしい。


 お礼を言うべきか悩んでいると、何故かアルフレットは嬉しそうな顔をした。




「マリーもそう思うか?」




 喜ぶ。


 マリアンヌは気恥ずかしいのでマリーと呼んで欲しいと言ったのはわたしだが、呼び捨てにしていいとは言っていない。


 アルフレットの方が年下なのに呼び捨てはないんじゃないかと思ったが、口には出せなかった。




「何がそんなに嬉しいんですか?」




 代わりに、そう聞く。




「その性格の悪いことをしたのは、性格の悪い私の一つ下の弟だ」




 思いもしないことを言われて、驚いた。




「どういうことですか?」




 わたしは首を傾げる。




「私の弟はルイスといって、第三王子の側近で乳兄弟だ」




 アルフレットは教えてくれた。




「つまり、今回のお妃様レースはそのルイス様が仕切っているということですか」




 なるほどとわたしは納得する。


 アルフレットが詳しいことにも合点がいった。


 だが、インサイダー取引をしている投資家みたいな気分になる。


 後ろめたいものを感じた。




「それって、大丈夫なんですか?」




 不安になる。




「何がだ?」




 不思議そうに聞き返された。




「身内に企画者がいたら参加出来ないとか言われたりしません?」




 わたしは尋ねる。




「そんなことを言い出したら、主だった貴族の娘はみんな参加出来ないんじゃないか?」




 聞き返されて、それもそうかと思う。


 貴族社会は狭い。


 たいていは誰かの血縁者だ。


 罪悪感が薄れてほっとする。


 ガタンッ。


 大きな音を立てて、馬車が止まった。


 アルフレットに緊張が走る。


 異常事態のようだ。


 私も緊張する。




「どうした?」




 アルフレットはドアを開けた。




「道が詰まっていて、馬車が進みません」




 馬車を運転していた従者から答えが返ってくる。


 わたしも外を見た。


 渋滞している。


 100台の馬車が集まるのだから、当然かもしれない。


 列は王宮の中まで続いていた。




「王宮はあそこですよね?」




 わたしは大きな門を指差す。




「ああ」




 アルフレットは頷いた。




「たいした距離ではないので、歩きましょう」




 わたしはさっと馬車を降りる。




「歩くのか?」




 アルフレットは驚いた。




「直ぐそこですもの。行きますよ」




 わたしはアルフレットを急かした。


 馬車にはそのまま戻るように言う。


 わたしは歩いて城に向かった。












 参加者は王宮の昼間に集められた。


 受付を済ますと通される。


 ほとんどが付添い人の話を知っていたようだが、中には知らなかった人もいたようだ。


 何人か戻って行くのが見える。


 だがまだ時間があるので、今なら付添い人を連れてくることも可能だろう。


 頑張れ~と心の中で応援した。


 昼間にはすでに大勢集まっている。


 200人が集うことになるので、かなりきつきつだ。


 アルフレットはどんどん前に行こうとする。




「ちょっと、待って。どこに行くの?」




 腕を掴んで、引き止めた。




「どこって、前だろ」




 アルフレットは不思議そうにわたしを見る。




「なんで前に行くの?」




 わたしは理由を聞いた。




「最初に王子の挨拶がある。前に行かなければ、顔も見られないだろ?」




 当然のように言う。




(とても主役っぽい意見だわ)




 わたしは感心した。


 だが、わたしはその他大勢だ。




「ここでいいわ。話が聞こえればそれで」




 真ん中あたりでいいと主張する。


 他の人の邪魔にならないように、端の方へ移動した。




「何故だ?」




 今度はアルフレットに聞かれる。


 わたしは前を陣取っている人たちを見た。




「だってあの人たち、なんだかぎらぎらしているもの」




 やたらと気合が入っているのが、遠目からでもわかる。


 近寄り難かった。




「まあ、マリーがそれでいいなら私は構わない」




 アルフレットは納得する。


 二人で並んで壁に寄りかかった。


 わたしは参加者の顔を眺める。




「一つ、聞いてもいい?」




 アルフレットに囁いた。




「なんだ?」




 アルフレットは聞き返す。




「気のせいかもしれないけど、ちょっと年齢層高めじゃない? わたしが言うのもなんだけど」




 貴族女性の適齢期は16歳だ。


 早ければ14歳で嫁ぐ人もいる。


 もちろん、その年代の少女もいた。


 だが圧倒的に20歳前後くらいの女性が多い。


 貴族社会ではいき遅れと言われる年代だ。




「ああ、それは……」




 アルフレットは笑う。


 王子と年の近い女性は、誰もが王子の妃になることを願った。


 そのためには独身でなければならない。


 つまり、王子の妃になることを夢見た女性は王子に選ばれるのを待っている間に婚期を逃すことになってしまった。




「それは気の毒ね。自分が選ばれなくても他の誰かが選ばれれば、諦めもつくのに。誰も選ばれないから踏ん切りがつかない。もしかしたらわたしが……という可能性をずっと引きずってきたのね」




 説明を聞いて、同情を覚える。


 前の方にいる人たちがぎらぎらしているのも当たり前だ。


 婚期を逃してまで待ち続けたチャンスがやって来たのだから。




(やっぱり、10位くらいを狙おう)




 わたしは決意を新たにする。


 前の方にいる人たちに恨まれたり絡まれたりしたくない。




(でも、あの人たちも主役には見えなんだよな~)




 どちらかというと主役に絡む悪役っぽい気がした。




「あの中に知り合いはいる?」




 アルフレットに聞くと、全員知っていると返ってくる。


 一人ずつ説明してくれた。


 みんな上流貴族の令嬢で、一番下の爵位でも伯爵だ。


 家より二つ以上階級が上ということになる。


 だがそんな上流貴族の令嬢なら、そもそも妃になるチャンスはいくらでもあったはずだ。


 それでも選ばれなかったのだから、無理だということではないだろうか。


 わたしならそう思う。


 でもだからこそのレース参加なのかもしれない。


 王子に選ばれなくても、自分で勝ち取ればいいのだ。




(あの人たちには関わらないようにしよう)




 面倒なことになるのは目に見えていた。


 要注意人物としてチェックしておく。




 他にはどんな子がいるのだろうと、後ろの方にわたしは目を向けた。


 比較的若い子や可愛い子が多い。


 前の方に陣取る人たちにはやはり近づき難いようだ。


 わりと密集しているのに、妙な隙間が前列との間に空いている。




「そういえば、我が家におば上の肖像画があることを知っているか?」




 唐突な質問に、ぼんやりしていたわたしは驚いた。




「お母様の?」




 聞き返す。


 アルフレットは頷いた。




「見たいなら、今度見せてやろう」




 その言葉に、わたしは単純に喜ぶ。




「ありがとう。シエルも喜ぶわ。家には母の肖像画はないから」




 礼を言うと、苦笑された。




「弟も一緒にとは誘っていない」




 首を横に振られる。




「わたしが一人じゃないと駄目なの?」




 戸惑うと、デートに誘っているのだと言われた。




「これからお妃様レースに出る人をデートに誘うの?」




 わたしは呆れた。




「賞金が目当てなのだろう?」




 アルフレットに痛いところを突かれる。




「子守が欲しいからって、手近なところで手を打とうとしないで」




 わたしは断った。




「そんなことをしなくても、たまになら子育てを手伝ってあげるわ。一月くらい、ルークとユーリを遊びに寄こしてもいいから。それくらいなら面倒を見てあげるわ。経費は精算してもらうけど」




 にこやかに言うと、アルフレットは真剣な顔で悩む。




「一月も私が仕事を休めない」




 そう言われた。




「一緒に来なくていいわよ。子供たちだけで。……というか、アルフレットも仕事をしているの?」




 わたしはそっちの方に驚く。


 ふらふら遊んでいるだけの駄目お坊ちゃんだと思っていた。




「失礼だな」




 アルフレットは怒る。




「私は第二王子の側近だ。ちなみに父は第一王子の側近をしている」




 そう続けた。




「つまり、どの王子が国王になっても問題ないのね」




 わたしは笑う。




「その通りだ」




 アルフレットは頷いた。




(さすがに大公家。強かね)




 わたしは感心する。


 二人も子供がいてもアルフレットがモテる理由を理解した。


 次の当主はアルフレットだ。




「将来の大公夫人というのも悪くないと思わないか?」




 こんな場所でアルフレットは口説いてくる。




「いえ。わたしには荷が重いので結構です」




 わたしはきっぱりお断りした。

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