第11話 第二章 5 可愛い兄弟




 夕食のため、わたしとシエルは食堂に呼ばれた。


 アークのことを聞くと、屋敷の使用人たちと一緒に食事をするらしい。


 一人で知らない人たちに囲まれて食事を取ることになるアークのことがちょっと心配になった。




(一人で大丈夫かな。都会の人たちに意地悪とかされないかな。田舎者だとからかわれたりしたらどうしよう)




 シエルにバレたらまた叱られそうなことを思う。


 だがアークは意外と人付き合いが上手い。


 見た目もいいので、メイドたちにはきっと優しくしてもらえるだろう。


 わたしが心配する必要がないことはわかってもいた。




 食堂につくと、家人はすでに席に着いている。


 祖父とアルフレットとルークとユーリがいた。




(あれ?)




 内心、わたしは驚く。


 母から聞いた話では、大公家の食事は個別に取るのが普通だそうだ。


 祖父とは一緒に食事するだろうと思ったが、アルフレットや子供たちもいるとは思わなかった。


 家族みんなではないたろうが、今、家にいる人は全員集まっている感じかもしれない。




(意外と歓迎されているのかもしれない)




 そう思うと、心がほっこりした。


 祖父と目が合ったので、にこっと微笑んでおく。


 セバスに案内されるまま座ると、目の前がアルフレットの席だった。


 じろっと見られる。


 近くで見ると、かなりの美形だ。


 睨まれると迫力がある。


 顔立ちはユーリよりルークの方が似ていた。


 やんちゃな男の子が育つとこういう感じになるのだろう。


 強い眼差しに、一瞬、わたしは怯んだ。


 余計な口を出したという後ろめたさがある。


 デートしていたはずなのに、夕食の席にいるのも気になった。


 わたしのせいでお別れしていたら悪いなという気持ちがある。


 だがちらりと見えた女の人は美人だが派手で気が強そうだった。


 良いお母さんという感じは少しもしなかったので、子供たちのためにはお別れするのが正解だと思う。




(本当に余計なお世話なのはわかっているんですけどね)




 関わってしまったら、知らぬりをするのは難しかった。


 祖父は改めてわたしとシエルを紹介し、わたしとシエルにはアルフレットたちを紹介してくれる。


 食事は和やかに進んだが、わたしはアルフレットの隣に並んでいる子供たちが気になって仕方なかった。


 ルークは上手に食べているが、ユーリのナイフとフォークの使い方はぎこちない。


 口に入るまでに半分なくなってしまう感じだ。




(もう少し大きくなるまで、フォークとスプーンで食べてもいいんじゃないかな)




 喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。


 これもテーブルマナーの勉強の一つかもしれない。


 わたしたちのような片田舎の男爵家と比べてはいけない気がした。




 食事を終えると、みんなで今に移動する。


 場所を移してお茶にするらしい。


 デザートはそちらで食べるようだ。


 わたしがシエルと並んで居間に向かっていると、ユーリがタタタッと寄って来る。


 わたしの手を掴もうとして、遠慮がちに指を握った。




「あのね……」




 小さな声で話しかける。




「なあに?」




 わたしも小さな声で聞き返した。




「ありがとう」




 ユーリは礼を言って、にこっと笑う。


 それが何に対しての礼だったのかはわからなかった。


 だが、感謝されて悪い気はしない。




「どういたしまして」




 わたしは微笑んだ。


 ユーリの手を握り返す。


 手を繋いで、一緒に居間に向かった。


 ユーリはわたしを見て、にこにこ笑う。




(ここにも天使がいたっ)




 わたしは心の中で叫んだ。


 この子も主役だなと、しみじみ思う。


 こんなに可愛い子を嫌いになれる人なんていない。


 わたしもユーリに微笑み返した。


 浮かれて歩いていると、視線を感じる。


 そちらを見ると、ルークがいた。


 まだ警戒されているのかと一瞬思ったが、違うらしい。


 拗ねた顔をしていた。


 羨んでいるようにも見える。




「手を繋ぐ?」




 わたしは何気なく、空いている手を差し出した。


 断られると思ったら、意外なことにルークはわたしの手を掴む。


 手を握られた。


 嫌われてはいなかったらしい。




(もう一人、天使がいたっ!!)




 わたしはにやけそうになるのを必死に堪えた。


 さすがに男の子と手を繋いでにやにやしていたら変質者だろう。




(違いますよー。ショタコンなわけじゃないですよ。ただ、可愛い子が大好きなだけですよ)




 心の中で言い訳するが、それをショタコンという気もする。




 居間に着いても、子供たちはわたしの側を離れなかった。


 懐かれたらしい。


 ソファに座ると、両隣に子供たちも座った。


 くっついてくる。


 両手に花の気分でわたしはご機嫌だが、シエルは苦笑いしていた。


 わたしはシエルに向かって、微笑む。




(大丈夫よ)




 自分でも何が大丈夫かわからないが、心の中で囁いた。


 シエルはわたしを監視するように、向かい側のソファに座る。




(シエルも心配性ね)




 さすが兄弟と思っていると、その隣にアルフレットが座った。


 座る場所はたくさんあるのに、わざわざそこに座る。


 息子たちに相手してもらえなくて、寂しくなったのかもしれない。


 こちらを見ていた。


 そんなわたしたちの様子を見て、祖父は仕事が残っているからと書斎へと引っ込む。




「忙しいのですね」




 夕食後も仕事だなんて、ワーカーホリックな日本人みたいだなと同情した。


 だがアルフレットは違うと否定する。




「気を遣ったんだよ。自分がいたら、話がし難いだろうと」




 説明する声にはどこか冷たかった。


 いろいろあるのかもしれない。


 だが触れるつもりはなかった。


 そこまでお節介は焼けない。




 話をしている間にお茶の用意は整い、デザートのケーキが出てきた。


 子供たちが最初に手を伸ばす。


 皿に取ってもらい、食べ始めた。


 ユーリはやはりフォークの使い方があまり上手ではない。


 ぽろぽろこぼした。


 食事の時は我慢したが、目の前で食べられると我慢出来ない。




「食べさせてあげてもいいですか?」




 父親である、アルフレットに聞いた。




「は?」




 アルフレットは何を聞かれているのか、わからない顔をする。




「ケーキを食べさせてあげたいんです」




 わたしはユーリを見た。




「好きにすればいい」




 そう言われたので、好きにさせてもらう。


 ユーリに食べさせていると、ルークがじっと見ていた。




「食べさせてあげる?」




 問うと、首を横に振る。




「自分で出来るからいい」




 断られた。


 ルークは上手に食べる。




「お兄ちゃんは偉いね」




 わたしは誉めた。


 頭を撫でると、びっくりした顔をされる。


 やりすぎたかと反省したが、ルークは嬉しそうだ。




「おば上は明日、お妃様レースに出るのだろう?」




 問われたので、そうだと頷く。




「28歳になっていき遅れても、嫁に行きたいものなのか?」




 悪気がない顔でルークはわたしを見つめた。


 わたしはくすりと笑う。


 ルークは使用人たちの会話を耳に挟んだのだろう。


 使用人が私たちのことをどんな風に話しているのか、だいたい想像がついた。


 ちらりと近くに控えているメイドを見ると、気まずそうに目を逸らされる。


 わたしは笑い出しそうになった。


 だか暢気なわたしと違って、シエルは顔色を変える。


 アルフレットも焦った顔をした。


 ルークを叱ろうとする。


 それをわたしは止めた。




「嫁にいきたいなんて思っていないわよ。でもね、お妃様レースは賞金も出るの。わたしはその賞金で優雅な老後を送る予定だから頑張るわ。応援、してくれる?」




 ルークに尋ねる。




「いいぞ。応援してやる」




 ルークは頷いた。




「僕も。僕も応援するよ」




 ユーリは自分も話に入りたくて、わたしの手を引いて言い募った。




「ありがとう。頑張れそう」




 わたしは微笑む。


 そこにそろそろいい頃合だと思ったのか、お休みの時間ですとメイドが声をかけた。


 子供たちを連れて行く。


 名残惜しそうな二人に、わたしは小さく手を振った。




「子供が好きなのか?」




 アルフレットに聞かれる。




「嫌いではないですよ。弟を育てたのは、わたしですから」




 シエルを見た。


 いい子に育ったでしょう?――と自慢したいが、シエルに嫌がられるのはわかっているので止めておく。




「明日、城へ行く時の付き添いは誰がするんだ?」




 アルフレットに聞かれた。




(付き添いなんて必要だったかな?)




 わたしは内心、驚く。


 そんなこと書いてなかった気がした。


 だが、知らなかった顔はしたくない。




「従者のルークです」




 答えた。




「従者が付くことが出来るのは、最後の10人に残ってからだ」




 アルフレットにそう言われる。


 どうやら、わたしよりアルフレットの方がお妃様レースに詳しいらしい。


 これが都会と田舎の情報量の差かと思った。




「それなら、シエルですかね」




 わたしはシエルを見る。


 シエルはうんと頷いた。




「私が付き添おう」




 アルフレットは勝手に決める。


 頼んでもいないのに上から言われて、ちょっとムッとした。




「いえ、弟がいるので大丈夫です」




 わたしはやんわり断る。




「嫁入り先を探している女たちの前に、可愛い弟を連れて行っていいのか?」




 アルフレットは意味深に聞いた。




「それは……」




 わたしは言葉に詰まる。


 シエルを見た。


 ハイエナの前においしい餌をぶら下げるようなものだなと思う。


 変な女に引っかかっては、大変だ。




「付き添い、お願いします」




 わたしはさっと手のひらを返す。


 弟を守るためなら、誰にでも頭を下げることが出来た。




「姉さん」




 シエルは微妙な顔をする。


 何かを諦めたように、小さく息を吐いた。












 部屋に戻る時、シエルは何かを言いかけて迷う顔をした。


「どうしたの?」


 問いかける。


「気のせいかもしれないけど、モテてない?」




 そんなことを言われる。




「シエルもそう思う? 昔から、子供にはモテるのよ。その内、大きくなったら僕がお嫁さんにもらってあげるくらい言い出しそうよね」




 わたしがニコニコ笑うと、シエルは眉をしかめた。




「いや、そっちじゃなくて」




 否定する。




「どっち?」




 わたしは首を傾げた。




「アルフレットの方」




 シエルは答える。


 わたしは驚いた。




「いや、それはないんじゃない?」




 わたしは苦笑した。


 出会った時のアルフレットの目を覚えている。


 不審者に向けたあの目に、恋に落ちる要素は微塵もなかった。


 端役のわたしはあくまで端役だ。


 主役になることはない。


 ただ、体のいいベビーシッターだと思われていることは否めなかった。




「思ったより親切そうだけど、血が繋がった従兄弟だからでしょう。ルークとユーリのお父さんだから、もともと性格が悪いわけではないのかも」




 わたしの言葉に、シエルは納得した。




「僕は姉さんが子供たちに絆されて、ルークとユーリの母親になるとか言い出さないなら、それでいいよ」




 にこやかに釘を刺す。




「さすがにそこまで自己犠牲の塊ではないわよ。ベビーシッター扱いされるつもりはないから大丈夫」




 わたし否定した。


 だが、気をつけようと思う。


 シエルは弟だけあって、わたしの性格をよく知っている。


 わたしは意外とNOと言えない日本人なのだ。




「わたしの目標はあの畑で自給自足の生活を送ることだし、そのための余剰資金をレースで稼ぐことですもの。ここまで来たんだから、レースを頑張るわ」




 シエルと約束する。




「わかった。信じるよ」




 シエルはどんな約束より重い枷をわたしに嵌めた。


 弟の信頼をわたしは裏切れない。


 だがシエルが心配するようなことは何もないと、その他大勢の私は暢気に構えていた。




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