第10話 第二章 4 姉と弟




 穏やかにお茶の時間は終わった。


 思ったよりずっと祖父と打ち解けたことにわたしはほっとする。


 正直、もっと頑固なおじいさんを想像していた。


 嫌な思いをすることは覚悟していたので、意外と話が通じることに安堵する。


 年を取って丸くなったのかもしれない。


 夕食の時間まで部屋で休んでいるように言われて、わたしとシエルは自分の部屋に戻った。




「姉さん、ちょっといい」




 それぞれの部屋の前で別れようとすると、シエルが可愛い顔で微笑む。




「もちろん」




 わたしはにこやかに頷いた。


 可愛い弟の頼みを断れるはずがない。


 わたしはシエルの部屋に連れて行かれた。


 部屋には何故かアークもいる。




「何故、アークもいるの?」




 わたしは不思議そうに尋ねた。




「従者だから」




 アークは答える。


 セバスが呼びに来るまで、アークはシエルの部屋にいたらしい。


 二人とも、時間を持て余していたようだ。




「とりあえず、座って」




 椅子を勧められ、わたしは素直に座る。


 なんとなく、不穏な気配を察した。




 16歳になり、シエルは貴族として成人を向かえた。


 社交界にもデビューし、大人の仲間入りをする。


 だからからか、最近、わたしとシエルの立場が逆転することがある。


 相変わらずお姉さん大好きな可愛い子なのだが、大人じみた口調でわたしに説教をするようになった。


 心配してくれているらしい。




「どういうこと? 何があったの?」




 状況の説明を求められた。


 シエルには意味が通じないことがいっぱいあったらしい。


 わたしは正直に庭でのことを話した。


 子供たちが心配で放っておけなかったと打ち明けると、深いため息を吐かれる。




「姉さんは他人の心配をしていないと死んじゃう病気かなんかなの?」




 憐れむような目を向けられた。




「従兄弟とその息子たちなので、他人というわけでもないかと……」




 わたしは言い訳する。




「そういうこと、言っていないよね?」




 ぴしゃりと言い返された。




「絶対、余計なお世話だと思う」




 シエルは顔をしかめる。


 アルフレットの再婚に口を出したことを責められた。


 自覚がある分、私も気まずい。


 他人が口を出すことではないのはよくわかっていた。




「だって、似ていたんですもの」




 わたしはぼやく。


 シエルを見た。




「ユーリがね、シエルに似ていたの。シエルに似た子が悲しい思いをしているのは嫌なのよ。出来れば、笑っていて欲しいの」




 わたしは座っていて、シエルは立っているので、ただ見るだけで上目遣いになる。




「……そんな風に言われたら、もう何も言えなくなるじゃん」




 シエルはため息をついた。


 やれやれという顔をする。


 だが、目が笑っていた。


 本気で怒っているわけではない。


 わたしの弟はやはり天使だと、わたしは確信した。




「シエルは本当に優しい子ね。姉さん、シエルの姉で良かったわ」




 兄弟は何があっても兄弟だ。


 一生、切れない絆があるというのはとても嬉しい。


 だが、シエルは苦笑した。




「僕は姉さんと血が繋がっていなければいいのにと何回も思ったよ」




 そんなことを言う。




「えっ?!」




 わたしは固まった。




「もしかしてわたし、本当は嫌われているの? 兄弟でいるのも嫌なの?」




 ショックすぎてくらくらと眩暈がする。


 心臓が止まるかと思った。




「逆だよ、逆」




 シエルは困った顔をする。




「血が繋がっていなければ、僕が姉さんと結婚して、幸せにして上げられるのに」




 残念そうに言った。




(本物の天使がここにいたっ!!)




 わたしは心の中で叫ぶ。


 感動した。


 我ながら、本当に良い子に育てたと思う。




「抱きしめてもいい?」




 シエルに聞いた。


 シエルは苦笑いで頷く。


 わたしは椅子から立ち上がり、シエルに抱きついた。


 ぎゅっと抱きしめると、抱き返される。




「ありがとう。姉さんはシエルがいてくれるだけで、幸せよ」




 すりすりと擦りつける顔はシエルの胸の辺りにあった。


 いつの間にか、シエルはわたしより頭一つ大きくなっている。


 確実に大人になっているのだと思うと、ちょっと寂しかった。


 昔はわたしの腕の中にすっぽり納まるくらい小さかったのに。




 コホン。




 わざとらしい咳払いが聞こえた。


 アークがいることを思い出す。




「いくら兄弟でも、仲が良すぎる」




 呆れられて、わたしはシエルから離れた。




「忘れていないですよね? マリー様」




 アークは意味深な顔をする。




「え? 何を?」




 問いかけてから、はっとした。


 口説かれていたことを思い出す。


 だがすっかり忘れていたのは、わたしだけが悪いわけではないだろう。


 馬車での三日。


 わたしたちはずっと一緒にいた。


 しかしそういう雰囲気なることはない。


 馬車での移動は予想以上にハードで、宿に着く頃には3人とも疲れ果てていた。


 食事をして部屋に戻ると、そのまま寝てしまう。


 そんな日々が続いて、口説かれていたことも忘れてしまった。




「覚えています」




 取り繕ったが、遅い。




「忘れていましたよね?」




 アークに問い詰められた。




「……」




 わたしは答えられない。




「もう、諦めたら?」




 シエルがアークに言った。




「なんだよ。反対するのか?」




 アークはシエルを睨む。


 言葉遣いが幼馴染に戻っていた。




「反対はしないけど、賛成も出来ない。正直、他の誰かに嫁ぐくらいならアークの方がましだけど、だからといってアークと結婚して欲しいわけではない」




 シエルはきっぱりと言った。




「それは、誰とも結婚して欲しくないって意味だろ」




 アークは呆れる。


 シエルは言い返すことが出来なくて、言葉に詰まった。


 気まずい空気が流れる。


 わたしは焦った。


 場を和ませようとする。




「シエルの気持ち、わたしも少しわかるわ」




 呟いた。




「わたしもシエルには結婚して欲しいと思っているけど、シエルが他の女のものになると思うと、正直、面白くない。他の女と幸せそうにしているシエルを見たら、女を呪い殺すくらいしてしまいそうな自分が怖いので、家を出ようと思っているのよ」




 空気を変えようとしたのに、逆に微妙な感じになってしまう。




(あれ? 失敗した??)




 わたしは心の中で苦笑した。


 残る手段は逃げるしかない。




「とりあえず、わたしは夕食の時間まで部屋で休むことにするわ。アークも自分の部屋で休むといいわよ。長旅で、疲れたでしょう?」




 部屋を出ようと、促すした




「そうします」




 アークは頷く。


 わたしとアークはシエルの部屋を出た。


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