祭りにて
普段は眠りにつく夜の商店街も祭りの日は何処からか湧いてくる人混みの受け口になる。
三者三様好き勝手に騒ぎを夜店のライトが照らす。
神様同士の対面を起源とする祭りは、この街の夏の一大イベントである。
クラスの同級生とすれ違った気もするが、自分も名前を覚えてないし向こうも覚えていないだろう。
コスプレでの参加者が華となり、一層の狂騒へるつぼとなる。
華に混じればさっきからるい姉にしがみつくふくれっ面のへっぽこ悪魔も誰から好奇な目で見られる事なく景色の一部に過ぎない。
「ほら見てエメラダちゃん!」
興味を引きそうな金魚掬いや輪投げで遊んでも、エメラダの態度は爪楊枝の先ほども変わらない。
るい姉もはた困った顔をして、ちょっと休憩にと人混みから脱して夜店のない、いつも通り寂しい川の辺りを歩く。
3人でベンチに座り、夜店が出す煙が昇っていく夜空を仰ぐ。
息抜きで来たのに肝心なエメラダの態度が一向に変わらない。
膨れる頬を指で弾いてしまおうか。
「やあやあ、約束通り来たくれたね。」
明かりが寂しく、初めは誰が声を掛けてきたのか判別しなかった。
夜闇に浮かぶのはおもちゃのティンカーの店主、鏡範士さんだった。
「来てくれたって……。鏡さん、屋台出してるんですか?」
「出してるよ。ほらあそこ」
当たり前だと言わんばかりに対岸を指さす。
先には荷台が電飾されてこうこうと辺りを照らす軽トラが停められていた。
いや、あんなに明るいなら誰だって気付いたはず……。
「さっ!気にしないで!3人共こっちこっち!」
電飾以上に明るい鏡さんの調子に乗せられ、疑問は霧散した。
「う〜ん君がエメラダかぁ!話は聞いてるよ。擬装が出来ないってね」
最短で最大なアンタッチャブルな話題に触れてきたな。
「自己紹介が先だったね。僕はおもちゃ屋を経営している鏡範士」
鏡さんが握手を求めてもエメラダは両手をるい姉から離そうとしない。
「お近づきの印に良いものをあげよう」
お祭りの屋台らしくお面や模造刀でごった返す荷台から鏡さんが取り出したのは、手のひらにすっぽりと収まってしまう大きさの木製ポージング人形。
自分に差し出された物と知りエメラダは今日初めて、るい姉から手を離した。
「いいかいエメラダ。この人形は特別な物だよ」
ただの人形にしか見えない。祭りの狂騒に乗せられて鏡さんも冗談の一つも口にしている。
「願い事を叫ぶんだ。その人形が叶えてくれるんや。」
「願い事……。私の願い……」
人形を握る両手の指先をもじもじさせ声を籠もらせる。
エメラダは願い事を叫ぼうとしている。
「おいこらレディ。お前がチョコバナナが食べたいって言うから買ってきたのに、なんで勝手に話を進めてるんだ」
「ええやん。細かいこと気にすんなやティンカー」
るい姉とエメラダの様子に気をとられ気が付かなかった。
振り向くと二人の鏡さんが並んでいた。
しかもレディって、右左上さんが捜している悪魔…。
「美味しい所を横取りしやがって。明日からは覚悟するんだな」
「それは勘弁や!」
関西弁で話す鏡さんの頭のてっぺんから黒いモヤが足下へ降りていく。
現れたのは金髪でポニーテール。青い目の女性。
レディと呼ばれる悪魔。
「人間になりたい!!」
エメラダが叫ぶと目を開けられない程の強風か吹き抜けた。
思わず腕で両目を抑える。
るい姉が小さく叫んだ。
驚くのも当り前だ。
そこにエメラダは居らず、代わりに長い黒髪を垂らして、僕が通う高校の制服を着たくりくり丸い目の女子が立っていた。
「初めましてって言えばええんかなぁ?名前はなんて言うんや?」
「私……。私の名前は……愛川翆(あいかわみどり)」
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