前夜

太陽の端が夕焼けへと変わっていくバイト終わり。

るい姉は玄関の前で青い顔をして立っていた。

部屋に入って待ってくれたら良かったのに。

そうしなかった事は、心が暗く波が立つのを予感させた。

「エメラダちゃんがね、悪魔の世界に帰るって。それしか言わないの。」

るい姉はエメラダの変化の原因を知らない。

実はこんな事があって。そう絵本の話を切り出せたら僕も楽になれるのに。

るい姉の思い詰めた顔を見ていたら言えなくなってしまう。

「エメラダは今どうしてるの?」

少しでも話題をそらしたかった。

喉が強ばり、肺から息を言葉に変えるのが上手くいかない。

エメラダの現在の様子を知りたいのも事実である。

「ずっとね、窓辺から空を見上げているの。声を掛けても返事をしてくれなくて……本当にどうしたらいいのか……」

ぽつりぽつり、涙を堪えた声。

二人きりのリビングに消えてゆく。

 家主たる父親の方針で生活に必要な物以外の雑貨は無く、他に目をそらせず。

今は日を反射しながら落ちていく埃すら愛おしい。

瑠衣香から放たれる氷像に似た冷たい空気に身を預ける他ない。

長い沈黙。解決の糸口を見いださないまま、時間が惰性で流れていく。

「ねえ達郎君、そのチラシは?」

日が水平線へ身を隠し薄暗い部屋の中。

瑠衣香が指さしたのは、飯田から半強制的に持って帰らされた祭りのチラシ。

「お祭り!お祭りがあるじゃない!もーなんで気が付かなかったの!」

るい姉の顔に血の気が戻り、通常の3割増の声量で叫ぶ。

少し怖い位で、元気になったから良しとしよう。

「エメラダちゃんをお祭りに連れ出すの!ずっと私の部屋で擬装の練習をしてたから息も詰まっちゃうわよ!」

「でもエメラダを大勢の人が行き交う所へ連れ出すなんて、右左上さんに怒られるよ?」

エメラダをへこました張本人たる杉水の脳裏には、瑠衣香を頭ごなしに叱る右左上の姿が浮かぶ。

声に空気感までもが。身が縮こまり始める。

「大丈夫よ!コスプレ祭りって銘打ってるでしょ?人混みに紛れちゃえば誰も私達なんて見てないわ」

エメラダの格好も見ようによれば、アニメか漫画のコスプレに見えなくもない。

木を隠すなら森の中。

悪魔を隠すならコスプレ祭り。

ちぐはぐでおかしな標語が浮かんで消えた。












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