隙間

杉水はバイト中も昨日のエメラダの変化が引っかかっていた。

人間と悪魔で異なる感覚。

悪魔だと知らずもあるが、瑠衣香とは感じた事のない壁。

いつかは元の世界に帰るエメラダ。

二度と会うことのない。

それで良いのか?エメラダなんて放っておいけば良いと本心から思えているのか?

肯定と否定の荒波が思考回路を激しく叩いていく。

 頭を搔いたり意味も無く貧乏ゆすりをする様は、暇を持て余した飯田の興味を引くには充分過ぎた。

「ねぇねぇねぇ杉水君どうしたのぉ?さっきから見てるけど一人で楽しそうだねぇ。」

「別に。何でも無いですよ。」

飯田の水飴の粘り気を見せる話し方には純粋な悪戯心が見て取れる。

だから杉水は多くは語らまいと決めていた。

今日一日、いや半永久にあの時はと引き合いに出されるから。

現に「杉水君のあの時は。」と始まる話が幾らでも出てくる。

「もしかして……女の子とか?」

わざとらしい真顔の奥には堪えきれていない笑み。

杉水ははっきりと目が見開いていくのを感じた。

「えっ!?冗談のつもりだったけど図星?ねー!男鹿ちゃーん!杉水君、失恋したってぇ!」

どんな回路を辿ればそこまで話を跳躍できるのか。

棚の整頓をする男鹿は飯田の玩具にされてお気の毒にと杉水を見つめた。

「瑠衣香ちゃんにフラられたとか?可哀想にねぇ。瑠衣香ちゃんを射止めるにはやっぱりライバルが多いんだろうねぇ。」

何も言っていないのに本気で憐れんでいる。

一人で大いに盛り上がって幸せなことで。

「そんな可哀想な君にはこれをあげよう。なに、気にすることは無い。」

飯田が高額商品を並べるガラス張りのショーケースから取り出したのは、一冊の写真集だった。

水着を着た色白な女性が艶めかしいポーズをとっている。

「これはねぇ、とあるグラビアモデルさんの写真集でねぇ、本当に流星の如く洗われて消えていった人なの。これは本当にお宝だよぉ。さっ、今日はこれ見て心の傷を癒やすんだよ。」

否応なく押し付けられた。

値段は裏面の価格の10倍以上。

「あっ、ついでにこれもあげるぅ。」

机の上に置かれたチラシを一枚。

明後日から始まる前夜祭を入れて3日間の夏祭りのチラシだった。

「うちも夏祭りの協力店だからねぇ。他のお店が出してる夜店の割引券付きだよぉ。」

チラシ見出しは赤字に黄色い縁取りがされたコスプレ祭りとなっていた。





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