絵本

昨日あれほどお隣りさんで泣き喚いた癖に、今日は打って変わって元気一杯、はっきり言えば口にチャックを付けて閉めっぱなしにしたい!

「杉水とやら!私の手下になれ!」

今日は学校があるからと、るい姉に代わって泣き虫悪魔の世話をみているがこれがまたよく喋る。

幸い今日は、アルバイトが休みだ。

「聴こえてるの?わーたーしーのーてーしーたーに!」

ストレスの化身だこの悪魔。

ずっとこれを相手にしていた海野さん一家には頭が下がる。

遊び半分でこいつを呼び出してしまった僕が悪いとは思う。

そうだそうだと蝉が鳴く。

「暑苦しいさに輪をかけるな。」

お隣さんで朝飯を食べて元気一杯。

僕が布団に横になっていても、構わず周りを走り回る。

保育園のお遊戯の時間じゃないんだぞ。

「手下になってくれたら静かにする!」

声がいちいち大きんだよ。喫茶店でのしおらしさは何処へ消えた。別の人格でもあるんじゃないか?

「ずっと気になっていたんだが、なんで僕を手下にしたいんだ?」

「母上が言ってたの!手下を従えてこそ悪魔は1人前って!!」

迷惑な話だ。

「手下は別に僕じゃなくてもいいだろ。」

上半身を起こして、体育座りをしているエメラダと

目の高さを合わせて問う。

「直感!何となく!だって言う事をよく聞いてくれそうだから!」

満面の笑みで何て事を言う。

親指に中指を軽く引っ掛け、前髪を巻き込んでデコピンをお見舞いしてやった。

「いっーたい!あぁああ"あーん!」

両手を押さえ床を転がって大袈裟な。

失敗した。余計うるさくなっただけじゃないか。

「泣くほどじゃないだろ。ほら、黙って絵本でも読んでろ。」

本棚から適当に選んだ絵本をエメラダに差し出す。

漫画でも良かったかな。まあ、小説なんて読まなさそうだし。

 その絵本を僕は小さい時に繰り返し読んだ。

世界に災いを巻き散らす竜がいた。

咆哮の熱は天を焼き、羽ばたきは嵐となり、爪は大地を抉る。

勇者は竜を討伐するには、人間達の意志を1つにまとめる必要性に気付き、ついに使命を達成する。

ばらばらして封印された竜は、復活しませんでした。

 難題にひとりで立ち向かうわず力を合わせて。

読み返す度に素晴らしく感動した。

エメラダも泣いているじゃないか。

悪魔をも泣かせてしまう名作だ。

「どうだった?いい絵本だったろ?」

「竜がかわいそう……。」

この言葉を最後に夕方、るい姉が迎えに来るまでエメラダはずっと黙っていた。


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