祭りにて 2

通り抜けた風がアスファルトから際限なく湧き出る熱と油の匂いを取り去っていった。

愛川翆を取り囲む円陣。

瑠衣香は驚愕。

杉水は呆然。

鏡とレディは満足気。

「私は……愛川翠……?エメラダって……?」

暗闇の中でどうにか掴む物を探すおぼつかない足運びで、愛川は口が丸空きになっている杉水の腕を掴んだ。

 黒目がちで潤む瞳、筋の通った鼻。やんわりふく風に流れる黒髪。

杉水は状況をのみ込めず、愛川の問に返す答えが口から出てこない。

 状況をのみ込めない事より更に、杉水の思考回路を著しく低下させるもの。

(この子……似ている。)

誰にと聞かれても答えられない。

ガラクタが所狭しと幅をきかせる思い出の引き出しの中で、記憶の端が鏡のように光を反射させて存在を証明しても、掴めない。

誰に?今まであった人に?確かに似ている。誰に?

双六をふってもふりだしに戻される。

進んでも進んでも行き先は出発点。

「これはこれは、また可愛らしい女の子になったもんやなぁ。胸が大きいからうちとキャラが被らんくて助かるわぁ。」

誰を頼れば分からず右往左往する愛川を頭のてっぺんからつま先をじっくり見てレディは笑った。

「愛川翆か!呼び名はあいちゃんや!」

「勝手に話を進めるなって言ったばかりだろレディ。ここからは俺が説明する。」

瑠衣香と杉水と愛川。

3人の目線は自然とレディから鏡に移った。

3人とも説明を渇望していた。

「最初に聞きたい。愛川翆よ、父親と母親の名前は?」

「分からない……。思い出せない……。」

血の気を失った顔を両手で抑えて、立っているのが精一杯。

「あの、鏡さん!エメラダちゃんはどこに?」

当然で最大の疑問。

人間になりたいと叫んだへっぽこ悪魔はどうなった?

エメラダという単語を聞いた愛川は、今度は瑠衣香の両肩へ掴み掛かった。

「お姉さんエメラダ知ってるの?エメラダ?エメラダは私……。お姉さんは……ルーカ?」

「ルーカだ!あぁああ!ルーカぁあ"あぁあ!」

姿と声は変っても泣き方は変わらない。

紛れもないエメラダの泣き方。

「記憶の同期は順調に済んだな。」

俺が手掛けたから当り前だと呟いて。

「あのポージング人形は容れ物だ。擬装が出来ない悪魔が来たと連絡を受けて用意した。人間のふりが出来ないなら、人間になってしまえばいい。簡単な思考の回帰だ。」

はいそうですか、その通りだと思います。

なんて納得するはずの無い瑠衣香と杉水。

小さい疑問から大きな疑問が生まれていく逆マトリョーシカ人形。

「どうしてエメラダに手助けを?」

杉水の問に鏡は満面の笑みで答えた。

「擬装が出来ない悪魔なんて面白そうだから!」

「そうやで杉ちゃん!うちもティンカーも楽しそうだから手助けすると決めたんやで!」

「黒牟田君と右左上さんには気が向いたら謝るとしよう!」

鏡とレディ。二人のバカ笑いは高く高く空へ響いた。

「そうだ杉水!ついでに私の手下になれ!」

何のついでだと愛川にデコピンを決めた。

「いったーい!あぁあ"あ"あぁん!」

間違いなく中身はエメラダだ。










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