おもちゃのティンカーにて
二人に「彼は病み上がりである。」との先入観があったお陰で、アルバイトを切り上げられた。
世界のバナナ写真集は給料から天引きの形で購入。
1冊300円。地味に痛い出費。これで他の人の手に渡らずに済んだと思うと、妙に誇らしい気持ちになった。
口から出任せの嘘を本気にして心配してくれる男鹿さんへの罪悪感が積もる。
いつの日か感謝と謝罪を一緒くたにしたプレゼントを渡そう。
この事態を誰に相談するべきか。
一番に思い浮かんだのはるい姉だ。
しかしるい姉にはエメラダを預かって貰っている訳だし、これ以上の負担を掛けさせたくない。
となると黒牟田さんか。右左上さんも候補にあるけど、悪魔に対してなんか妙に冷たいし。
「それで俺を呼んだ訳ね。」
杉水が呼んだのは間違いなく黒牟田だけ。のはず。
指定された協力店「おもちゃのティンカー」は若き店主、鏡範士(かがみはんじ)さんが経営する駅前のおもちゃ屋さん。
ツーブロックと笑顔が爽やかで、店主目当てのお客も絶えない。
寂れた外見の通り、中身も寂れている訳ではない。
一歩踏み込めば目に飛び込んでくる古今東西、遊びのアイテム達。
ブリキ、カルタ、トランプ、カードゲームは勿論の事。
テレビゲームにパソコンゲーム、キャラクターグッズ。
鉄骨剥き出しの店舗に混在している全てが入手困難な物。お値段相応。らしい。
倉庫へ続く階段には立入禁止の柵が設置されている。
店主は自分の店をタイムマシーンと豪語する。
コレクターなら感極まり、ここで召されてもおかしくないとの噂。
「なんで右左上さんもいるんですか?」
昨日の格好そのまま、少し離れた所で右左上さんは硝子のショーケースに飾られた店主の個人的サイボーグ009コレクションを眺めている。
泥棒が獲物を値定めているようにしか見えないんだよ。
「仕事だ。念の為に言っておくが、泥棒のじゃない。」
不審に思われているの自覚していたんですね。
右左上さんとの間にどうしても壁を感じるのはエメラダに冷たいから?
漠然と原因はもっと根底にある。そんな気がする。
「必要な物はバナナ一房とコップ1杯の牛乳だったね。」
用意されたテーブルに置かれたバナナと1杯の牛乳と世界のバナナ写真集。
黒牟田さんと向かい合う。
「本当に現れますかね?」
「どうだろう?私としては、仲介人を通さずこちらにくるのを確かめたいから現れて欲しいな。」
「俺は嫌だね。面倒な仕事が増えるだけだ。」
「おっ!なんやぁ、バナナにちゃんと牛乳を用意しといてくれるなんてよく出来た人間やなぁ!ほな腹もへっとるし早速頂くで!」
目の前からバナナが房ごと消えた。
テレビで見たことのある早食い競争とほぼイコールの速さで、剥かれた皮が積み上がっていく。
大袈裟にはやしたてるレポーターなら居ない。
「シメの牛乳!ホンマにバナナはいつ食べても美味いなぁ!ほな、さよなら、さよなら、さよならや!」
湿り気のある甘い香りを残して。
悪魔は入口に立ち片手を頭の高さに上げで、バイバイと手を振った。
杉水に見えたのは後ろ姿だけ。
白いシャツを着た、金髪のポニーテール。
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