また1冊

いくら自由があっても足りない満ち足りた生活を送る同級生達には申し訳ないが、夏休みなんてとっとと終わってしまえば良いと思う。

 一ヶ月以上ある休日の内訳は、宿題をこなす時間を除けば後は家とアルバイト先の古本屋の往復。

いつか仕事に就いた際の、家と職場の往復の予行練習をしているだけだ。

ぼんやりと働かない頭で朝早くから部活動で学校に向かう同級生達をベランダから眺めていると、実は異世界ってこういう事では?と自己嫌悪に駆られる。

 いつも朝飯を食べる頃には、親父は家にいない。

テーブルの上には冷めた目玉焼きと固くなったベーコンが並んでいる。

さっと腹に入れて後片付けをしても昼一からのアルバイトまでにはまだ時間がある。

やる事もないし、もうひと寝入りするか。


ようやく起きだしたエメラダちゃんに朝ご飯を食べさせて、図書館で借りてきたファッション雑誌を並べる。

一応エメラダちゃんの年代に合わせたカラフルなもの以外に、もう少し大人向けのシックな表紙の雑誌も借りてきた。

「いいエメラダちゃん、擬装はね、なりたい自分をイメージするの。」

興味深そうにしげしげと眺めてばかりで、本当に聴いているか心配になる。

一週間…。擬装ができるようになるだろうか?

「ねぇ、エメラダちゃん…。」

「ルーカ!私、これがいい!」

あら、それなら実物があるじゃない。


スマートフォンに設定しておいた時間より早く起きてしまった。

原因はお隣さんの騒がしさである。

一度壁で濾されても聞こえてくるあたり、発信源はたいへんな盛り上がりなんだろう。

今の時間に居るのは、るい姉とエメラダの二人か。

悪魔の女子が二人。

るい姉があんなに明るく話すのは珍しい。

エメラダには、なにかるい姉を明るくさせる能力があると思うと、ちょっと羨ましい。

いくら幼馴染といっても、そこには越えられない性別の壁と種族の壁があるのか?

 やきもきする。

ちょっと早いがバイトに行くとしよう。

駐輪場から出ると後ろから声を掛けられた。

「いってらっしゃ〜い!」

振り返ると、2階のベランダからるい姉とエメラダが手を振っていた。

恥ずかしくて返事は出来なかったけど、嬉しかった。


「エメラダちゃんは達郎君の事が好き?」

「うん!」

はっきりと笑顔で即答された。

「なら、残れるように擬装をがんばって覚えようね。」

目標の達成に目的があれば、身が入って覚えも格段に良くなるもの。

 好きってはっきり答えられるの、羨ましいな。

擬装の見本にと、通りを行く制服姿の高校生達を充分に眺めたので、エメラダちゃんを部屋に戻した。


「あれ?今日きてくれたんだぁ。頑丈なのが杉ちゃんのぉ数少ない取柄だねぇ。」

一言余分だ店長。取柄が少ないのは本当だが、別にいま言わなくともいいだろ。

「大丈夫ですか?昨日の今日ですから、無理はしないで下さい。」

相反して体調を気遣ってくれる男鹿さんの優しさよ。一体どうしてここまで人として違うのか。

「寝たら治りました。」

一言で報告を済ますと仕事に取りかかる。

なにがそんなに可笑しいのかニタニタ笑う店長を他所に、買い取った書籍の分類を始める。

先ずはざっくり漫画、文庫本、写真集、雑誌、専門書。

あとの更に細かな仕分けと値札貼りは男鹿さんの仕事。

 いくら大丈夫といっても病み上がりだからと、1時間ほど仕事をすると、休憩になった。

何か変わった本はないかと、代わり映えしないインクと埃のにおいがする店内を彷徨く。

写真集を陳列する棚の前で足が止まった。

「世界のバナナ写真集」

一度は世に出たこの写真集は、誰が買って売ったのか。

出版社か?個人で作った同人誌か?作者は誰だ?

手に取ってみると、2センチ幅の厚みにしては軽い。A4サイズだからか?

さて、どんな写真が載っているのかと広げて、漏れた感想は一言。

「釣られた…。」

黄色く熟したバナナの房の写真集。大小様々でへぇ、赤色とかもあるんだと感心した。

最後のページに書かれた文字。

真っ白なページの真ん中に黄色い文字。

「バナナ一房とコップ1杯の牛乳。」

撮影者の名前はレディ。


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