階段の夢

かんかんと音が薄暗い虚空に響いて消えてゆく。

視界が上下に緩く揺れながら。

鉄板の階段はどこまでも上に続いている。

杉水の先で昇る人がいる。

かんかんと音を鳴らして昇っていく。

長い髪をゆらして。

常に5段の間を維持して。

「ここはどこ?あなたはだれ?」

その疑問は、声にならない。

終りの見えない階段をまだ昇っていく。

最初は不気味に思えた先を行く人も、この階段しかない世界における唯一の同伴者と思えば、不思議と心強い存在になる。

 ただ昇ってゆく。ただただ昇ってゆく。

景色に変化はなく、安定している。

それが妙に心を波立たせる。

何もない。

疲労感も階段を昇る目的も。

先を行く人が立ち止まった。

自然と杉水の足も止まる。

「また会いましょう。」

振り向いたその顔に、見覚えはない。


開きっぱなしのカーテンから外灯の光が射し込む。

外は夕焼けをとうに過ぎていた。

リビングから米が炊ける匂いがする。

親父は帰ってきているようだ。

体に異常ない。いつもどおりの体調。

まだ眠たさはあるが、大したことじゃない。

「起きたか。」

親父はぶっきらぼうに呟く。

事実確認であり、それ以外の意味はなさそうだ。

「親父はなにくったん?」

「適当に済ませた。」

元来、飯の支度は自分の役目。

体調が悪い事を連絡せずに寝混んだものだから、どう済ませたかは知らないが、近くのスーパーで惣菜でも買ってきたんだろう。

特に腹がすいている訳でもなく、茶碗1杯のご飯を食べれば充分だった。

 意味もなくつけているテレビは、真面目な顔をしたニュースキャスターが淡々と原稿を読みあげている。

思い返せば大変な1日だった。

おかしな手書きの本は悪魔を呼び出す物で、るい姉も実は悪魔で。

エメラダを名乗るあのちんちくりんは、一週間で人間のふりを身に着けられないと送り返されるとか。

 この世界に悪魔がひっそりと暮らしている事。

知らなければそれで過ぎていく日常。

るい姉には色々と聴きたいが、それはまた明日でいい。

少なくとも今は、ニュースキャスターが慌ただしく原稿を読む事態は起きていない。


エメラダちゃんは夕ご飯を食べた後、安心してなのか直ぐに眠りに着いた。

 両親は「娘が1人増えた。」と喜んだ。

エメラダちゃんも終始にこにこ楽しそうにしていた。

 殆どの悪魔は助けあって生きている。

中には身勝手で罪を犯す者もいる。

エメラダちゃんはこんな小さな体で、どんな旅をしてきたのかな。

魔法の初歩の擬装も使えないのに、無事に世界を歩くなんて強運の持ち主なのかも知れない。

今はよくお休み。

明日からは、特訓だからね。

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